アトラエの有価証券報告書にみる「管理から信頼へ」の組織運営
中小企業の現場では、よくこういう空気があります。
放っておいたら社員は動かない。見ていないとサボる。数字を詰めないと成果は出ない。だから毎日、件数を聞く。行動を細かく見る。途中経過を報告させる。
気持ちは分かります。いや、かなり分かります。人が少ない会社ほど、一人の遅れが全体に響く。社長の頭の中に会社の全体像が入っているうちは、トップダウンのほうが速い。実際、短期的にはそのほうが回ります。
ただ、そのやり方には副作用があります。社員は「自分で考える人」ではなく、「怒られないように動く人」になる。新しいやり方は生まれにくくなる。情報は上に集まるが、知恵は現場で止まる。見張れば回るが、見張るのをやめると止まる。これは管理の成功ではありません。依存の固定化です。ここでいう依存とは、成果が制度ではなく、監督者の常時介入に依ってかろうじて成立している状態のことです。
この点で、株式会社アトラエの2025年9月期有価証券報告書は、かなり示唆的です。アトラエは「管理をやめた会社」と雑に説明されがちですが、正確にはそうではありません。同社がやっているのは、管理を消すことではなく、管理の方式を変えることです。監視ではなく透明性へ。指示ではなく権限委譲へ。上下関係ではなく当事者意識へ。つまり、「管理」から「信頼」へのパラダイムシフトです。
もっとも、最初に事実関係を丁寧に整理しておく必要があります。外部ではアトラエが「ホラクラシー経営」で知られると紹介されることがありますが、有価証券報告書で明示確認できる語は「ホラクラシー」ではありません。報告書に書かれているのは、「役職を撤廃した自律分散型組織」「出世を前提としたヒエラルキーの強いピラミッド型ではなく、フラットな組織形態かつプロジェクト単位で柔軟に働ける組織運営」「全社員に権利と責任を付与したフラットなプロジェクト制」といった表現です。つまり、概念の盛り方は慎重であるべきです。ホラクラシーというラベルを貼る前に、まず一次情報で確認できるのは何かを区別しなければならない。ここは知的誠実さの問題です。
そのうえで言えば、アトラエの組織運営が、典型的な管理型組織とかなり違うのは事実です。有価証券報告書では、同社は「世界中の人々を魅了する会社を創る」というビジョンを掲げ、「全ての社員が誇りを持てる組織と事業の創造」にこだわると記しています。これは単なる採用広報のきれいごとではありません。組織制度の設計にかなり具体的に落ちています。
たとえば、役職と出世の考え方の撤廃です。日本の会社では、役職はしばしば「統制装置」として機能します。課長が見て、部長が押さえ、役員が決める。責任の所在は明確になりますが、その代わり、判断の速度は落ち、現場の感度は鈍りやすい。アトラエはそこを逆に振っています。役職を外し、フラットなプロジェクト制にし、幅広い権限の委譲と裁量の供与を行う。ここでいう裁量とは、「好きにしていい」という放任ではなく、目的達成のための手段選択を現場に委ねることです。責任だけを押しつけるのではなく、判断権も合わせて渡す。これが自律分散型組織の最低条件です。
ただし、ここで誤解してはいけないのは、自律分散型組織は「統制がない組織」ではないということです。むしろ逆です。ヒエラルキーを弱めるほど、別の統制が必要になる。アトラエの有価証券報告書を読むと、その代替統制が何かが見えてきます。一つは情報公開です。同社は、全社員があらゆる経営情報にアクセスできる仕組みづくりをマテリアリティとして掲げています。これはかなり重要です。社員に裁量を与えると言いながら、必要な情報を握ったままでは、単なる丸投げになるからです。ここでいう情報公開とは、福利厚生のお知らせを共有することではありません。売上、利益、事業課題、経営判断の前提になる情報に社員が触れられる状態を指します。
要するに、「お前たちで考えろ」と言うなら、考える材料も開示しろ、ということです。雑に言えば、目隠ししたまま自律しろは無理です。もう少し経営学っぽく言えば、権限委譲の前提条件は情報の対称性です。ここでいう情報の対称性とは、意思決定に必要な情報が一部の上位者に独占されず、現場にも共有されている状態のことです。
もう一つの代替統制は、評価の仕組みです。アトラエは360度評価制度を採用しています。これは上司だけが部下を評価するのではなく、多面的に評価を集める制度です。もちろん、360度評価が万能だと言うつもりはありません。運用が雑なら、人気投票にも、空気読み大会にもなります。ただ、少なくとも「上から見ている人が正しい」という単線の評価観からは離れる。役職を外した組織で必要なのは、上位者の監督ではなく、周囲との相互観察と相互責任です。ここでいう相互責任とは、自分の成果だけではなく、他者への貢献や組織全体への影響も含めて見られる状態のことです。
さらに同社は、株式報酬制度や従業員持株会制度も導入しています。有価証券報告書では、社員一人ひとりが株主視点を持った経営判断を行うための仕組みとして位置づけられています。これは要するに、「雇われ作業者」ではなく「価値創造の当事者」として考えてほしい、というメッセージです。ここでいう当事者意識とは、単に主体的に動く気持ちの問題ではなく、自分の判断が会社全体の価値にどう跳ね返るかを理解したうえで意思決定する感覚です。
こうした組織運営が、ただの思想で終わっていないことは、定量面からもある程度うかがえます。2025年9月期の売上高は76億3403万円、営業利益は18億5335万円、営業利益率は約24.3パーセントでした。従業員数は124人、平均年齢は33.0歳、平均勤続年数は4.6年、平均年間給与は714万3000円です。さらに、株式報酬費用132.1万円を含めた合計では846.4万円と開示されています。加えて、正社員に占める新卒採用者の割合は約39パーセントです。若い組織です。かなり若い。だからこそ、管理で押さえ込むのではなく、自律を前提に育てる思想が制度と結びついている可能性が高い。
もっとも、ここも美化は禁物です。有価証券報告書では「極めて高い定着率を誇り」といった定性的記述はあるものの、離職率の具体的数値は開示されていません。したがって、「離職率が低い」と数値で断定することはできません。また、若い組織であることは強みである一方、リスクでもあります。実際、同社はリスク情報として、若い社員の成長スピードが鈍化した場合や、事業運営に必要なスキルや経験を積むことが困難になった場合、役職員の経験不足が業績や財政状態に影響を及ぼす可能性があると記載しています。つまり、自律分散型組織は、放っておいても回る夢の制度ではありません。育成が止まれば、自由は一気に空洞化します。
ここで注目すべきは、アトラエが「自律」を気分で語っていない点です。同社は自社サービスであるWevoxを使い、月1回のサーベイで組織状態をエンゲージメントスコアとして可視化しています。有価証券報告書では、エンゲージメントを「組織に対する自発的な貢献意欲や、主体的に仕事に取り組んでいる心理状態を評価した指標」と定義しています。2025年9月期の期中平均エンゲージメントスコアは87点で、中期目標は90点です。
これはかなり面白い。普通の会社では、エンゲージメントは「大事だよね」と言われるだけで終わりがちです。言ってみれば、湿度みたいな扱いです。高いほうがいいのは分かるが、誰も本気で測っていない。しかし、アトラエではそれを管理指標にしています。ここでいう管理指標とは、単に観察する数字ではなく、組織運営の良し悪しを評価し、是正し、継続的に改善する対象として扱う数値のことです。つまり、同社は「管理から信頼へ」と言いながら、実際には「監視から計測へ」「命令から可視化へ」と統制手段を置き換えている。これが重要です。
中小零細企業がここから学ぶべきことも、実はそこです。アトラエの組織を丸ごと真似する必要はありません。というより、真似しようとしてもうまくいかないでしょう。役職をいきなり全部なくす。全員に同じ裁量を与える。予算管理を大幅に委ねる。多くの会社では、そこまで一気にやると事故ります。必要なのは、形式の模倣ではなく、統制思想の転換です。つまり、細かい行動監視で人を動かすのか、情報公開と目標合意で人を動かすのか、という転換です。
第一に、徹底した情報公開です。社員に売上、利益、課題、資金繰り、重点施策を見せる。もちろん、法務や個人情報の観点で非開示にすべきものはあります。しかし、「社長しか知らない情報」が多すぎる会社は、だいたい社長しか考えません。社員は指示待ちになります。当事者意識を持てと言うなら、まず前提情報を渡す必要があります。
第二に、行動管理から成果合意への転換です。今日は何件電話したか、何社訪問したか、何通送ったか。こうしたプロセス管理が全部悪いとは言いません。ただ、それだけになると、人は数字を埋めるための行動しかしなくなります。必要なのは、月間の決定人数、粗利、担当顧客の継続率、候補者満足度など、結果と質の指標を先に握り、その手段はできるだけ本人に委ねることです。ここでいう成果合意とは、上司が指示するのではなく、組織として達成すべき目標と評価軸を明確にし、その達成方法には個人の工夫が入る余地を残すことです。
第三に、評価制度の修正です。個人売上だけを追わせると、情報は囲い込まれます。新人は育てられません。顧客の取り合いが始まります。結果として、短期売上は立っても、組織は痩せます。したがって、他メンバーへの貢献、情報共有、新しい挑戦、チーム成果への寄与も評価対象に含める必要があります。アトラエの360度評価をそのまま導入しなくても、「何を評価するか」の設計思想は十分に参考になります。
要するに、社員を管理対象として扱うか、信頼できるパートナーとして扱うか、です。もちろん、ここでいう信頼は「好きにしていいよ」という意味ではありません。統制なき自由は放置です。信頼とは、情報を開き、目標を握り、責任と裁量をセットで渡し、その結果を見える形で測ることです。そこまでやって初めて、信頼は制度になります。
そして、この違いは5年後、10年後に効いてきます。いまは社長が全部見ていられる。いまは人数が少ないから細かく管理できる。そう思っている会社ほど、規模が一段大きくなった瞬間に苦しくなる。社長の時間がボトルネックになり、管理職を急造し、現場は疲弊し、優秀な人から抜けていく。現在の安心が、未来の成長阻害要因になる。これは時間差のあるリスクです。
アトラエの有価証券報告書から読み取れる本質は明快です。強い組織は、「誰かが見張っているから回る組織」ではなく、「情報と責任が開かれているから回る組織」だということです。管理で秩序を守るのか、信頼で秩序を設計するのか。中小企業の経営者が問われているのは、その二択です。前者は短期的に安心です。後者は最初しんどい。しかし、社員が考え、会社を自分事として捉え、数字と課題を共有しながら動ける組織ができるなら、そのリターンは大きい。離職率の低下や生産性向上という言葉で片付けるより、もっと本質的には、「社長がいないと止まる会社」から「社長がいなくても前に進む会社」への転換です。組織運営のパラダイムシフトとは、結局そこを指します。
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投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。





