労働者派遣事業許可を持つ会社が金融機関との良好な関係を築く決算書の作り方

人材派遣会社の経営において、金融機関との関係は事業の成長と安定性を左右する重要な要素です。融資の可否や条件は、決算書の内容に大きく左右されます。しかし、多くの経営者が「決算書は税理士に任せている」、「税金を少なくすることが最優先」と考え、金融機関の視点を見落としているのが現状です。

本記事では、労働者派遣事業許可をお持ちの会社様(人材派遣会社が主ですが、建設業を営みながら労働者派遣事業許可をお持ちの会社様なども含みます)が、金融機関との良好な関係を築くための決算書の作り方について解説します。

金融機関が決算書で見ているポイント

金融機関の基本的な視点

金融機関が最も重視するのは、「貸したお金が確実に返ってくるか」という点です。そのため、決算書を通じて以下のポイントを厳しくチェックしています。

主な評価項目:

  1. 返済能力: 安定した利益を生み出せているか
  2. 財務の健全性: 自己資本比率は十分か、債務超過ではないか
  3. 資金繰り: キャッシュフローは健全か
  4. 成長性: 売上や利益は成長傾向にあるか
  5. 継続性: 安定的に事業を継続できる体制か

これらの評価基準を理解した上で決算書を作成することが、金融機関との良好な関係構築の第一歩となります。

「節税重視」と「金融機関対策」のバランス

多くの中小企業が陥る矛盾

労働者派遣事業許可をお持ちの企業の経営者の多くが、「税金を少なくしたい」と考えます。これは当然の経営判断です。しかし、極端な節税対策は、決算書の利益を圧縮し、結果として金融機関からの評価を下げてしまうことがあります。

典型的なジレンマ:

  • 節税を優先すると: 利益が少なく見え、融資を受けにくくなる
  • 利益を出すと: 税金が増加し、手元資金が減少する

最適なバランスの見つけ方

重要なのは、「今、自社にとって何が最優先か」を明確にすることです。

資金調達が必要な時期:

  • 設備投資を計画している
  • 事業拡大のための運転資金が必要
  • 新規事業への参入を検討している

→ このような時期は、適度な利益を確保し、金融機関からの評価を高める決算書を作成すべきです。

資金に余裕がある時期:

  • 当面の資金調達予定がない
  • 手元資金が潤沢にある

→ この時期は、節税対策を積極的に行い、税負担を軽減することができます。

金融機関に評価される決算書の具体的なポイント

1. 適正な利益の確保

目安となる指標:

  • 売上高経常利益率: 業種により異なりますが、最低でも3~5%は確保したい
  • 連続黒字: 少なくとも2期連続の黒字が望ましい
  • 安定性: 利益の乱高下がなく、安定した収益構造

極端な節税で利益をゼロに近づけるよりも、適正な利益を計上し、その結果として納税する姿勢が、金融機関からの信頼を獲得します。

2. 自己資本比率の改善

自己資本比率は、企業の財務安全性を示す最も重要な指標の一つです。

自己資本比率の評価基準:

  • 30%以上: 優良(金融機関からの評価が高い)
  • 20~30%: 良好(標準的な水準)
  • 10~20%: やや不安定(融資条件が厳しくなる可能性)
  • 10%未満: 要注意(融資が困難になる可能性が高い)

自己資本比率を改善する方法:

  1. 利益の蓄積: 毎期安定した利益を計上し、内部留保を増やす
  2. 増資: 代表者や役員からの増資
  3. 役員借入金の資本化(DES): 役員借入金を資本金または資本剰余金に振り替える
  4. 不要資産の売却: 遊休資産を売却し、損失を整理する

3. 債務超過の絶対回避

債務超過(純資産がマイナス)の状態では、ほぼすべての金融機関が新規融資を拒否します。当然ですが、労働者派遣事業許可更新のための財産的基礎の要件も充足できません。

債務超過に陥る主な原因:

  • 連続した赤字
  • 大きな一時損失(固定資産の減損、貸倒損失など)
  • 過大な役員報酬

債務超過が見込まれる場合は、決算前に以下の対策を講じる必要があります:

  • 役員報酬の減額(期中でも変更可能な部分がある)
  • 役員からの増資またはDES
  • 不採算部門の整理
  • 資産売却による損失処理の先送り

4. キャッシュフローの可視化

金融機関は、利益だけでなく、実際の現金の動きも重視します。

キャッシュフロー計算書が作成できない場合:

中小企業では、正式なキャッシュフロー計算書を作成していないケースも多いですが、最低限以下の情報は把握しておくべきです:

  • 営業キャッシュフロー: 本業でどれだけ現金を生み出しているか
  • 簡易計算式: 当期純利益 + 減価償却費 - 運転資金の増加

営業キャッシュフローがプラスであることを示せれば、金融機関の評価は大きく向上します。

5. 貸借対照表の健全性

金融機関がチェックする主な項目:

資産の部:

  • 売掛金・受取手形: 回収サイトが長すぎないか、不良債権化していないか
  • 棚卸資産: 過剰在庫や不良在庫がないか
  • 固定資産: 事業に必要な資産のみか、含み損を抱えていないか
  • その他の資産: 仮払金や貸付金など、実質的に回収困難な資産がないか

負債の部:

  • 買掛金・支払手形: 支払サイトが異常に長くないか(資金繰り悪化の兆候)
  • 短期借入金: 返済スケジュールは適切か
  • 長期借入金: 返済能力に見合った金額か

6. 損益計算書の明瞭性

金融機関が嫌う決算書の特徴:

  • 雑収入が多すぎる: 本業以外の収入が多く、収益構造が不透明
  • 特別損失が頻繁: 毎期のように特別損失があるのは経営の不安定さを示す
  • 売上総利益率の変動: 急激な変動は、会計処理の信頼性を疑われる
  • 販管費の異常: 売上規模に見合わない販管費は問題視される

明瞭で理解しやすい損益計算書は、金融機関の信頼を獲得します。

決算前にできる金融機関対策

決算3か月前からの準備

決算期が近づいてきたら着地見込みを計算することが肝要です。決算の3か月前からの準備が欠かせません。

具体的なステップ:

ステップ1:着地見込みの算定(決算3か月前)

現在の試算表と残り期間の予測から、決算時の財務諸表を予測します。

ステップ2:金融機関の評価シミュレーション(決算2~3か月前)

着地見込みの決算書で、以下の指標を計算します:

  • 自己資本比率
  • 流動比率(流動資産÷流動負債)
  • 固定長期適合率(固定資産÷(自己資本+固定負債))
  • 債務償還年数(借入金÷営業キャッシュフロー)

これらの指標が金融機関の基準を満たしているかを確認します。

ステップ3:必要な対策の実行(決算1~2か月前)

指標が基準を満たしていない場合、以下のような対策を検討します:

利益が不足している場合:

  • 不要な経費の削減(決算賞与の見送りなど)
  • 売上計上の前倒し(可能な範囲で)
  • 固定資産売却益の計上(含み益のある資産がある場合)

自己資本比率が低い場合:

  • 役員からの増資
  • 役員借入金のDES
  • 利益の確保(上記の対策)

流動比率が低い場合:

  • 短期借入金の一部を長期借入金に借り換え
  • 不要な固定資産の売却による流動資産の増加
  • 過剰在庫の処分

金融機関への決算書の説明方法

単に提出するだけでは不十分

決算書を金融機関に提出する際、ただ渡すだけでは十分ではありません。経営者自らが、決算書の内容を説明できることが重要です。

効果的な説明のポイント:

1. 前期との比較説明

「前期と比べて売上が○○%増加しました。これは△△という取り組みの成果です」というように、具体的な理由を説明します。

2. 業界平均との比較

「当社の売上総利益率は○○%で、業界平均の△△%を上回っています」というように、客観的な位置づけを示します。

3. 今後の計画の説明

「来期は、××という新規事業に取り組み、売上○○%増を目指します」と、具体的な成長戦略を説明します。

4. 課題と対策の明示

「現在、自己資本比率が△△%とやや低めですが、今後3年間で○○%まで改善する計画です」と、弱点を認識し、改善計画があることを示します。

金融機関との定期的なコミュニケーション

決算時だけでなく、定期的に金融機関とコミュニケーションを取ることが重要です。

おすすめのコミュニケーション方法:

  1. 四半期ごとの訪問: 試算表を持参し、業況を報告
  2. 月次資料の提供: 簡単な月次報告書を作成し、定期的に提供
  3. 重要な経営判断の相談: 設備投資や事業拡大の際は、事前に相談
  4. 問題の早期報告: 業績悪化の兆候があれば、隠さずに早めに報告

特に重要なのは、「悪い情報ほど早く伝える」という姿勢です。問題を隠して後から発覚するよりも、早期に相談する方が、金融機関の信頼を得られます。

業種別の注意点

製造業のかたわら労働者派遣事業許可をお持ちの会社様

  • 在庫管理: 過剰在庫や滞留在庫は評価を下げる
  • 設備投資: 減価償却の進捗と設備の更新計画を明確に
  • 原価管理: 売上総利益率の安定性が重視される

卸売業・小売業のかたわら労働者派遣事業許可をお持ちの会社様

  • 商品回転率: 在庫の回転日数が重要指標
  • 売掛金管理: 回収サイトと貸倒リスクの管理
  • 仕入条件: 仕入先との取引条件の安定性

サービス業のかたわら労働者派遣事業許可をお持ちの会社様

  • 人件費比率: 売上に対する適正な人件費比率
  • 収益の安定性: 継続的な収益モデルの構築
  • 無形資産: ノウハウや顧客基盤などの価値の説明

建設業のかたわら労働者派遣事業許可をお持ちの会社様

  • 完成工事高の安定性: 受注残高と今後の見通し
  • 工事原価管理: 工事ごとの収益管理の徹底
  • 経営事項審査(経審): 公共工事を受注する場合は経審の評点も重要

よくある失敗事例と対策

失敗事例1:極端な節税で赤字決算

ケース: 「税金を払いたくない」という思いから、期末に多額の経費を計上し、赤字決算としてしまった。その後、設備投資のための融資を申し込んだが、赤字を理由に断られた。

対策: 融資の予定がある場合は、必ず黒字を確保する。節税は、資金調達の必要性とバランスを取りながら行う。

失敗事例2:役員報酬の過大計上

ケース: 役員報酬を高額に設定し、会社の利益がほとんど残らない状態。金融機関から「役員報酬が高すぎる」と指摘され、融資条件が厳しくなった。

対策: 役員報酬は、同業同規模の企業と比較して適正な水準に設定する。会社にも適度な利益を残す。

失敗事例3:架空の資産計上

ケース: 実態のない貸付金や仮払金が貸借対照表に計上されていた。金融機関の調査で発覚し、信用を失った。

対策: 貸借対照表の資産は、実在性のあるもののみ計上する。回収不能な債権は、早めに損失処理する。

失敗事例4:説明なしの大幅な変動

ケース: 前期と比べて売上が大幅に増減したが、金融機関への説明がなかった。金融機関は「数字が操作されているのでは」と疑念を持った。

対策: 大きな変動がある場合は、その理由を明確に説明できるように準備する。証拠資料(契約書、受注書など)も用意しておく。

税理士との連携の重要性

金融機関対策を理解している税理士を選ぶ

すべての税理士が金融機関対策に精通しているわけではありません。税務申告は得意でも、金融機関の評価基準を理解していない税理士もいます。

理想的な税理士の条件:

  1. 金融機関の評価基準を理解している
  2. 節税と金融機関対策のバランスを提案できる
  3. 金融機関への説明資料作成をサポートできる
  4. 経営計画の策定にも協力できる

税理士への明確な方針伝達

経営者は、税理士に対して、自社の経営方針を明確に伝える必要があります。

税理士に伝えるべき情報:

  • 今後の資金調達の予定
  • 設備投資や事業拡大の計画
  • 金融機関との関係性
  • 優先したい目標(節税 vs 金融機関評価)

この情報があれば、税理士はより適切な決算対策を提案できます。

長期的な視点での関係構築

一時的な対策ではなく、継続的な改善を

金融機関との関係は、一度の決算書で構築できるものではありません。継続的に良好な決算書を作成し、信頼関係を築いていく必要があります。

長期的な改善計画の策定:

  1. 3年後の目標設定: 自己資本比率○○%、売上高○○円などの目標を設定
  2. 年次計画の策定: 毎期の具体的な数値目標を設定
  3. 進捗管理: 四半期ごとに進捗を確認し、必要に応じて計画を修正
  4. 金融機関への共有: 中期経営計画を金融機関に説明し、理解を得る

メインバンクとの戦略的な関係構築

複数の金融機関と取引している場合でも、メインバンクを明確にし、特に緊密な関係を構築することが重要です。

メインバンクとの関係深化:

  • 定期的な経営状況の報告
  • 重要な経営判断の相談
  • 預金取引の集約
  • 従業員の給与振込の委託
  • 各種決済サービスの利用

メインバンクにとって重要な取引先となることで、融資条件の優遇や、経営上のアドバイスを受けやすくなります。

公認会計士・監査法人のサポート

より高度な金融機関対策が必要な場合

以下のような場合は、公認会計士や監査法人のサポートを受けることを検討してください:

  • 大型の資金調達を計画している
  • 金融機関から財務改善を求められている
  • より詳細な経営計画の策定が必要
  • 会計処理の適正性に不安がある
  • 労働者派遣事業許可など、特定の許認可取得を目指している

公認会計士が提供できるサポート:

  1. 決算書の品質向上: 会計基準に準拠した信頼性の高い決算書の作成支援
  2. 財務分析: 金融機関の視点での詳細な財務分析
  3. 経営計画の策定支援: 実現可能性の高い中期経営計画の策定
  4. 金融機関への説明支援: 金融機関向け説明資料の作成と同席説明
  5. 内部統制の整備: 会計処理の適正性を担保する仕組みづくり

まとめ

金融機関との良好な関係を築くための決算書作りは、単なる会計技術の問題ではなく、経営戦略の重要な一部です。

本記事の重要ポイント:

  1. 金融機関の視点を理解する: 返済能力、財務健全性、成長性を重視
  2. 節税と金融機関対策のバランス: 資金調達予定に応じて優先順位を決める
  3. 適正な利益の確保: 極端な節税よりも、適度な利益計上が信頼を生む
  4. 自己資本比率の改善: 最も重要な財務指標の一つ
  5. 決算前の準備: 着地見込みを算定し、事前に対策を講じる
  6. 継続的なコミュニケーション: 決算時だけでなく、定期的な情報共有
  7. 長期的な視点: 一時的な対策ではなく、継続的な改善計画

金融機関は、企業の成長を支援するパートナーです。信頼関係を構築し、良好な関係を維持することで、事業拡大のチャンスが大きく広がります。

当事務所では、金融機関対策を含めた決算書作成支援、財務改善コンサルティング、労働者派遣事業許可申請のための監査など、幅広いサービスを提供しております。お気軽にご相談ください。


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投稿者プロフィール

jinzaihaken
jinzaihaken
労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。