監査基準における「品質管理」とは何か?
公認会計士が監査業務を行うにあたって、個々の監査人の能力や努力だけでなく、組織全体として品質を管理する仕組みが不可欠です。監査基準第二「一般基準」の6では、監査人が自らの組織として品質管理の方針と手続を定め、それに従って監査を実施することが明確に規定されています。
しかし、「品質管理って具体的に何をするの?」「個々の監査人がしっかりやっていれば十分じゃないの?」「なぜ組織全体で取り組む必要があるの?」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。特に、小規模な監査事務所や、個人で開業している公認会計士にとって、組織的な品質管理の必要性を実感することは難しいかもしれません。
そこで今回は、監査基準第二「一般基準」の6である「品質管理」について、その意義、具体的な内容、実務上の重要性、さらには品質管理が監査制度全体に果たす役割まで、詳しく解説いたします。実際の監査法人での品質管理の取り組み事例も交えながら、この規定が監査の信頼性を組織レベルで担保する重要な基盤であることをご理解いただければと思います。
監査基準第二 一般基準 6「品質管理」の内容
まず、監査基準において「品質管理」はどのように規定されているのでしょうか。
監査基準第二「一般基準」の6では、「監査人は、自らの組織として、全ての監査が一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して適切に実施されるために必要な質の管理(以下『品質管理』という。)の方針と手続を定め、これらに従って監査が実施されていることを確かめなければならない」と定められています。
この条文を丁寧に読み解くと、いくつかの重要な要素が含まれていることがわかります。
第一に、「自らの組織として」という表現です。これは、品質管理が個々の監査人の個人的な努力ではなく、監査法人または監査事務所という組織全体の責任であることを明確にしています。つまり、品質管理は組織的に取り組むべき課題なのです。
第二に、「全ての監査が一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して適切に実施される」という目的です。これは、品質管理の目的が、個別の監査ではなく、組織が実施する全ての監査の品質を確保することにあることを示しています。
第三に、「品質管理の方針と手続を定め」という要求です。これは、品質管理を場当たり的に行うのではなく、体系的な方針と具体的な手続を文書化し、制度として確立することを求めています。
第四に、「これらに従って監査が実施されていることを確かめなければならない」という検証の要求です。これは、品質管理の方針と手続を定めるだけでは不十分であり、それが実際に遵守されているかを監視・検証する仕組みも必要であることを意味しています。
この条文は、監査基準の中で初めて「組織」という概念を明示的に取り上げており、監査が個人の専門家による業務であると同時に、組織的なサービスでもあることを示している点で、極めて重要な規定なのです。
「監査に関する品質管理基準」との関係
監査基準第二 一般基準 6に基づき、より詳細な品質管理の要件を定めたものが、「監査に関する品質管理基準」です。この基準は、企業会計審議会により平成17年に公表され、その後数次の改正を経て現在に至っています。
監査に関する品質管理基準では、監査法人が品質管理のシステムを構築するにあたって、以下の要素について適切な方針と手続を定めることを求めています。
第一に、「品質管理のシステムに係る監査法人の責任」です。これは、監査法人の代表者が品質管理の最終的な責任を負うこと、品質管理を担当する責任者を任命すること、品質管理の重要性を組織文化として浸透させることなどが含まれます。
第二に、「職業倫理及び独立性」です。監査法人の全ての構成員が職業倫理を遵守し、独立性を保持するための方針と手続を定めることが求められます。
第三に、「監査契約の新規の締結及び更新」です。新規にクライアントを受託する際、あるいは既存のクライアントとの契約を更新する際に、適切性を評価するための基準と手続を定めることが求められます。
第四に、「監査実施者の採用、教育・訓練、評価及び選任」です。適切な能力を有する人材を採用し、継続的に教育・訓練を行い、業績を評価し、適切に監査業務に配置するための方針と手続を定めることが求められます。
第五に、「監査業務の実施」です。監査が一貫して高い品質で実施されるよう、監査の方法論、監査ツール、監査マニュアルなどを整備することが求められます。
第六に、「監査調書の査閲」です。監査業務の過程で作成される監査調書について、適切な査閲(レビュー)が行われるよう、査閲の方針と手続を定めることが求められます。
第七に、「監査業務に係る審査」です。特に重要な監査については、監査意見を表明する前に、監査チームとは独立した審査担当者による審査を実施することが求められます。
第八に、「品質管理のシステムの監視」です。品質管理のシステムが適切に機能しているかを定期的に監視し、必要に応じて改善を行うことが求められます。
第九に、「品質管理の文書化」です。品質管理の方針と手続、それらの運用状況について、適切に文書化することが求められます。
これらの要素は、いずれも監査品質を組織レベルで確保するための重要な構成要素であり、総合的に機能することで、初めて効果的な品質管理システムとなるのです。
なぜ組織的な品質管理が必要なのか
それでは、なぜ個々の監査人の努力だけでなく、組織的な品質管理が必要なのでしょうか。その理由は、以下のような監査を取り巻く環境の変化と、監査業務の本質的な特性にあります。
第一に、監査の複雑化です。近年、企業活動のグローバル化、金融商品の複雑化、ITシステムの高度化などにより、監査対象となる事象が極めて複雑になっています。個々の監査人がすべての専門知識を有することは現実的ではなく、組織として専門家を配置し、適切に活用する仕組みが必要です。
第二に、監査チームの大規模化です。上場企業の監査などでは、多数の監査人がチームを組んで監査を実施します。メンバーの能力や経験にばらつきがある中で、一貫した品質を確保するためには、組織として標準的な監査の方法論やツールを提供する必要があります。
第三に、社会的責任の重大性です。監査の失敗は、投資家や債権者に重大な損害を与え、資本市場全体の信頼を揺るがします。個人の責任だけでなく、組織として品質を保証する体制が社会から求められているのです。
第四に、若手監査人の育成の必要性です。監査業務を通じて若手監査人を育成するためには、体系的な教育・訓練プログラムや、適切な指導・監督の仕組みが必要です。これらは個人レベルでは提供できず、組織的な取り組みが不可欠です。
第五に、品質の均質化の要求です。監査法人が実施する全ての監査において、一定水準以上の品質が確保されなければ、監査法人全体の評判が損なわれます。個々の監査人の能力に頼るだけでなく、組織として品質の下限を保証する仕組みが必要です。
第六に、継続的改善の必要性です。監査環境は常に変化しており、監査の方法論や技術も進化し続けています。組織として、品質管理システムの有効性を定期的に評価し、継続的に改善していく仕組みが必要です。
ここで、大手監査法人のG会計士が経験した、品質管理システムの重要性を示す事例をご紹介しましょう。
新しいクライアントの受託検討
G氏の監査法人に、ある急成長中のIT企業から監査の依頼がありました。
営業担当パートナー:「この会社、来期上場予定で、大型案件になりそうです」
G氏(品質管理担当):「まず、受託審査会議にかける必要があります」
受託審査での検討
監査法人では、新規クライアントを受託する前に、複数のパートナーで構成される受託審査会議で検討する品質管理手続が定められていました。
G氏:「この会社の事業内容、リスク要因、内部統制の状況を調査しました」
審査会議メンバー:「経営者の誠実性についてはどう評価していますか?」
G氏:「前任の会計事務所に照会したところ、会計処理について何度か意見の相違があったとのことです」
リスクの識別
さらに調査を進めると、懸念事項が浮上しました。
G氏:「この会社、過去3年間で監査人が2回変わっています」
審査会議メンバー:「それは重大なレッドフラグですね。変更理由を確認しましたか?」
G氏:「いずれも『意見の相違』が理由とのことです。具体的には収益認識の時期について争いがあったようです」
独立性の確認
受託審査では、独立性の確認も重要な手続です。
G氏:「独立性データベースで確認したところ、当法人のパートナーの一人が、この会社の株式を少額保有していることが判明しました」
審査会議メンバー:「それは問題ですね。直ちに売却してもらう必要があります」
業務実施体制の検討
受託する場合の体制についても検討されました。
営業担当パートナー:「私が業務執行責任者になる予定です」
審査会議メンバー:「あなたはIT業界の監査経験が少ないですね。IT専門家をチームに加える必要があります」
G氏:「また、収益認識の論点がありそうなので、会計基準の専門家も配置すべきです」
受託の条件付き承認
最終的に、審査会議は条件付きで受託を承認しました。
審査会議議長:「以下の条件で受託を承認します。第一に、独立性阻害要因の解消。第二に、IT専門家と会計基準専門家の配置。第三に、収益認識の論点について、監査計画段階で十分な検討を行うこと。第四に、この監査については品質管理レビューの対象とすること」
品質管理システムの効果
後日、G氏は品質管理の研修で、この事例を紹介しました。
G氏:「もし受託審査の仕組みがなかったら、この案件を安易に受託し、後に深刻な問題に直面していたかもしれません」
若手監査人:「品質管理って、こんなに実務に役立つんですね」
G氏:「品質管理は、面倒な手続ではなく、監査人自身を守る仕組みでもあるんです」
この事例が示すように、組織的な品質管理システムは、個々の監査人では気づきにくいリスクを組織的に識別し、適切に対応するための重要な仕組みなのです。
品質管理の主要な構成要素の詳細
品質管理システムは、複数の要素が有機的に結合することで機能します。ここでは、主要な構成要素について、さらに詳しく見ていきましょう。
(1)リーダーシップと品質重視の組織文化
品質管理の基盤となるのは、監査法人のトップマネジメントが品質を最優先する姿勢を明確に示し、それを組織文化として浸透させることです。
具体的には、代表社員が品質管理の重要性を繰り返し発信すること、品質重視の評価・報酬制度を構築すること、品質に関する問題を隠さず報告できる文化を醸成することなどが含まれます。
「売上よりも品質」という価値観が組織に根付いていなければ、どんなに詳細な品質管理の手続を定めても、形骸化してしまいます。
(2)職業倫理と独立性の管理
全ての監査人が職業倫理を遵守し、独立性を保持するための具体的な仕組みが必要です。
これには、独立性に関する研修の実施、独立性に関する年次確認書の徴求、独立性データベースの構築と維持、利益相反チェックの実施、独立性違反が発見された場合の対応手順の明確化などが含まれます。
特に、監査人やその家族が保有する株式、役員を務める企業、配偶者の勤務先などの情報を一元管理し、新規受託時や監査チーム編成時に自動的にチェックできる仕組みは、極めて有効です。
(3)人材の採用・育成・評価
監査品質の最終的な決定要因は「人」です。したがって、優秀な人材を採用し、継続的に教育・訓練し、適切に評価する仕組みが不可欠です。
採用においては、学歴や資格だけでなく、職業倫理観や誠実性も評価する必要があります。また、育成においては、体系的な研修プログラム、OJTを通じた実践的な指導、メンター制度などが有効です。
評価においては、単に監査時間や売上だけでなく、監査品質への貢献、職業倫理の遵守、チームワークなども評価項目に含めることが重要です。
(4)監査業務の実施に関する方針と手続
監査が一貫した品質で実施されるよう、監査の方法論を標準化し、ツールを提供することが必要です。
これには、監査マニュアルの整備、監査調書フォーマットの標準化、監査ソフトウェアの導入、専門家チーム(IT監査、税務、評価など)の設置、技術的な照会窓口の設置などが含まれます。
特に、複雑な会計基準や監査基準の解釈について、個々の監査人が独自に判断するのではなく、専門家チームに照会できる仕組みは、判断の一貫性と正確性を確保する上で重要です。
(5)監査調書の査閲(レビュー)
監査調書の査閲は、品質管理の中で最も重要な手続の一つです。監査チームの上位者が、下位者の作成した監査調書を詳細に検討することで、監査手続の適切性、監査証拠の十分性、判断の妥当性を確認します。
査閲は通常、複数の階層で実施されます。例えば、スタッフが作成した監査調書をシニアが査閲し、シニアの作成した監査調書をマネージャーが査閲し、マネージャーの作成した監査調書をパートナーが査閲するといった具合です。
査閲にあたっては、形式的なチェックだけでなく、実質的な内容を吟味することが重要です。「なぜこのような結論に至ったのか」「他の可能性は検討したのか」といった批判的な視点を持つことが必要です。
(6)監査業務に係る審査
特に重要な監査業務については、監査チームとは独立した審査担当者による審査が実施されます。これを「監査業務に係る審査」または「エンゲージメント・クオリティ・コントロール・レビュー(EQCR)」と呼びます。
審査担当者は、監査チームと同等以上の経験と能力を有するパートナーが任命されます。審査担当者は、監査計画の適切性、重要な判断の妥当性、監査調書の十分性、監査報告書の適切性などを客観的に評価します。
審査担当者の承認が得られるまで、監査報告書を発行することはできません。これにより、監査チームの判断が適切かどうかについて、独立した視点からのチェックが機能するのです。
(7)品質管理システムの監視と改善
品質管理システムが適切に機能しているかを定期的に監視し、問題があれば改善する仕組みも必要です。
これには、内部品質管理レビュー(定期的に監査調書をサンプリングしてレビューする)、監査チームへのアンケート調査、品質管理に関する指標のモニタリング、外部検査の結果のフィードバックなどが含まれます。
特に、日本公認会計士協会による品質管理レビューや、金融庁による検査の結果は、品質管理システムの改善に活用すべき貴重な情報源です。
品質管理の失敗がもたらすリスク
それでは、品質管理が適切に機能しない場合、どのようなリスクが生じるのでしょうか。
第一に、監査の失敗の頻発です。品質管理システムが機能していない監査法人では、不適切な監査が見過ごされ、監査意見の誤りが頻発する可能性があります。
第二に、監査法人全体の評判の失墜です。一つの監査の失敗が、監査法人全体の品質に対する疑念を招き、クライアントの喪失につながります。
第三に、行政処分のリスクです。品質管理システムの不備が重大であると判断された場合、日本公認会計士協会や金融庁から、業務改善命令や業務停止などの行政処分を受ける可能性があります。
第四に、監査法人の存続危機です。過去には、品質管理の重大な欠陥により、大手監査法人が解散に追い込まれた事例もあります。
第五に、監査制度全体への信頼の毀損です。個別の監査法人の問題が、監査制度全体、さらには公認会計士という職業全体への不信につながる可能性があります。
実際、2000年代初頭の一連の会計不正事件を契機として、監査法人の品質管理に対する社会的要求は大幅に高まり、監査に関する品質管理基準が制定されるに至りました。これは、品質管理が単に監査法人内部の問題ではなく、社会全体の関心事であることを示しています。
当事務所における品質管理への取り組み
私たち公認会計士事務所においても、組織的な品質管理を経営の最重要課題として位置づけ、継続的に品質管理システムの強化に取り組んでおります。
まず、詳細な品質管理マニュアルの整備です。監査に関する品質管理基準に準拠し、当事務所の規模と特性に適合した品質管理の方針と手続を文書化しています。
当事務所は比較的小規模ではありますが、「規模にかかわらず、品質は妥協しない」という方針のもと、大手監査法人に匹敵する品質管理システムの構築を目指しています。
品質管理は、一朝一夕に完成するものではなく、継続的な改善の積み重ねです。私たちは、日々の監査業務の中で品質管理の重要性を意識し、常により良いシステムを追求してまいります。
監査業務に関するご質問やご相談がございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。私たちは、組織的な品質管理システムに支えられた高品質な監査サービスを提供し、皆様の信頼に応えるべく、誠心誠意サポートさせていただきます。
お問い合わせ
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投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。
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