出向と労働者供給の関係を徹底解説~在籍出向は違法ではないのか?~
企業経営において、グループ会社間や関係会社間で従業員を出向させることは、ごく一般的に行われています。しかし、労働法の観点から見ると、この出向という制度には、実は微妙な法的問題が潜んでいることをご存知でしょうか?
今回は、出向と労働者供給の関係について、初心者の方にもわかりやすく解説します。特に「在籍出向」が法律上どのように扱われているのか、その背景にある興味深い事情についても詳しくご説明します。
1. まず理解すべき基本概念
出向とは何か?
出向とは、労働者が雇用されている会社(出向元)に在籍したまま、または在籍を離れて、他の会社(出向先)で業務に従事することをいいます。
出向には大きく分けて2つの種類があります。
(1) 在籍出向(在籍型出向)
出向元との雇用関係を維持したまま、出向先との間でも雇用関係を結ぶ形態です。
具体例
- A社(親会社)の従業員が、B社(子会社)に出向
- この間、A社の従業員としての地位は維持される
- 同時に、B社との間でも雇用契約を結ぶ(または労働契約関係が生じる)
- 実際の業務はB社で行い、B社の指揮命令を受ける
(2) 転籍出向(移籍型出向)
出向元との雇用関係を完全に終了させ、出向先との間でのみ雇用関係を持つ形態です。
具体例
- A社の従業員が、A社を退職してB社に入社する
- A社との雇用関係は完全に終了
- B社の従業員として新たにスタート
在籍出向と転籍出向の違い
| 項目 | 在籍出向 | 転籍出向 |
|---|---|---|
| 出向元との雇用関係 | 維持される | 終了する |
| 出向先との雇用関係 | 新たに発生 | 新たに発生 |
| 給与の支払い | 出向元または出向先(契約による) | 出向先 |
| 出向元への復帰 | 可能(予定されている) | 原則として不可 |
| 本人の同意 | 必要(就業規則に根拠があれば例外あり) | 必ず必要 |
ここで問題となるのは、主に在籍出向です。
2. 労働者供給とは何か?
職業安定法による定義
職業安定法第4条第7項は、労働者供給を次のように定義しています。
「労働者供給」とは、供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい、労働者派遣法第2条第1号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする。
わかりやすく言うと
労働者供給とは、簡単に言えば:
- 供給契約がある
- 労働者を他人の指揮命令下で働かせる
- ただし、労働者派遣は除く
つまり、労働者派遣と似ているけれど、労働者派遣法の適用を受けない形で、人を送り込んで他社の指揮命令下で働かせることを指します。
労働者供給と労働者派遣の違い
ここで混乱しやすいのが、「労働者供給」と「労働者派遣」の違いです。
労働者派遣
- 適法な制度
- 労働者派遣法に基づく許可を受けて行う
- 派遣元と派遣労働者の間に雇用関係がある
- 派遣先が指揮命令を行う
- 派遣元・派遣先双方に法的責任が明確に定められている
労働者供給
- 違法な行為
- 労働者派遣法の適用を受けない形で人を供給する
- 労働者の保護が不十分
- 中間搾取などの問題が生じやすい
わかりやすく言い換えると
労働者供給とは、契約に基づいて労働者を送り込み、その労働者が送り込まれた先の指揮命令を受けて働くことを指します。
ただし、労働者派遣は除くとされています。つまり、労働者派遣以外の方法で、このような形態を取ることが「労働者供給」に該当するのです。
労働者供給事業の禁止
職業安定法第44条は、労働者供給事業を厳しく禁止しています。
禁止される行為
- 労働者供給事業を行うこと
- 労働者供給を「業として」行うことが禁止される
- 労働者供給事業から供給される労働者を使用すること
- 労働者供給事業者から労働者の供給を受け、その労働者を自らの指揮命令下で働かせることも禁止される
違反した場合の罰則
職業安定法第64条により、違反者には以下の厳しい刑罰が科せられます。
- 1年以下の懲役または100万円以下の罰金
これは刑事罰であり、非常に重い制裁です。
なぜ労働者供給事業は禁止されているのか?
歴史的背景
労働者供給事業の禁止は、戦前に横行した「人夫供給業」などの悪質な中間搾取を防止するために設けられました。
戦前の人夫供給業は次のようなものでした。
- 労働者を商品のように扱う
- 中間搾取により労働者が適正な賃金を受け取れない
- 労働者の人権が著しく侵害される
このような弊害を根絶するため、労働者供給事業は原則として禁止されたのです。
現代における禁止の意義
現代においても、労働者供給事業の禁止は重要な意味を持ちます。
- 労働者の適正な賃金の確保
- 雇用責任の明確化
- 労働者の権利保護
- 不当な中間搾取の防止
労働者派遣は例外として認められている
ただし、労働者派遣法に基づく適正な労働者派遣は、労働者供給から除外され、合法とされています。
これは、労働者派遣法により次のように扱われています。
- 派遣元・派遣先の責任が明確化されている
- 派遣労働者の保護措置が講じられている
- 行政による監督体制が整備されている
といった理由によるものです。
3. 在籍出向は労働者供給に該当するのか?
ここで重要な疑問が生じます。在籍出向は労働者供給事業に該当し、違法なのではないか? という問題です。
在籍出向の形態を分析すると
在籍出向の特徴を改めて整理してみましょう。
- 出向元との雇用関係を残したまま
- 出向元との雇用契約は継続している
- 出向先との間で雇用関係を持つ
- 出向先とも新たに雇用契約を結ぶ
- 出向先の指揮命令を受けて働く
- 実際の業務上の指示は出向先から受ける
この形態を見ると、確かに「供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させる」という労働者供給の定義に当てはまるように見えます。
「業として」行われることの意味
職業安定法が禁止しているのは、労働者供給を「業として」行うことです。
「業として」とは?
一般的に、「業として」とは次のように解されています。
- 反復継続して行われること
- 営利の目的の有無は問わない
- 社会通念上、事業として認識される程度に継続的・組織的に行われること
在籍出向が「業として」行われる場合
多くの企業、特に企業グループでは、在籍出向は日常的に、反復継続して行われています。
実際の出向の実態
- グループ会社間での定期的な人事異動
- 親会社から子会社への継続的な人材派遣
- 関連会社間での恒常的な人事交流
- 年間何十人、何百人という規模で行われることも
このような実態を見れば、在籍出向は明らかに「反復継続して行われている」=「業として行われている」と判断されるはずです。
すると在籍出向は違法なのか?
理論上、在籍出向が反復継続して行われることにより、形式的には職業安定法第44条によって違法とされている労働者供給事業に該当するものといわざるを得ません。
しかし、実際には在籍出向が違法として取り締まられることはほとんどありません。なぜでしょうか?
4. 厚生労働省の見解「社会通念上業として行われると判断されるものは少ない」
この矛盾について、厚生労働省は一定の見解を示しています。
厚生労働省の公式見解
厚生労働省は、在籍出向について次のような見解を示しています。
「このような在籍出向が業として行われることにより職業安定法第44条違反になる場合があり得る」
まず、理論上は違法になり得ることを認めています。
しかし、続けて次のように述べています。
「通常は、労働者を離職させるのではなく関係会社において雇用機会を確保する、経営指導・技術指導の実施、職業能力開発の一環として行う、企業グループ内の人事交流の一環として行う、などの目的を有して行われることが多いことから、その目的の正当性ゆえに、社会通念上業として行われていると判断されるものは少ないと考えられる。」
厚生労働省が挙げる「正当な目的」
厚生労働省は、在籍出向が以下のような目的で行われることが多いとしています。
1. 雇用機会の確保
- 経営不振などで労働者を離職させる代わりに、関係会社で雇用を維持する
- 労働者の生活を守るための措置
2. 経営指導・技術指導の実施
- 親会社から子会社へノウハウを伝える
- グループ全体の経営力・技術力を向上させる
3. 職業能力開発の一環
- 労働者のスキルアップのため
- 多様な経験を積ませてキャリア形成を支援する
4. 企業グループ内の人事交流
- グループ全体の一体感を高める
- 人材の最適配置を図る
「目的の正当性」による判断の問題点
厚生労働省の見解では、「目的の正当性ゆえに、社会通念上業として行われていると判断されるものは少ない」としています。
しかし、ここには重要な疑問があります。
法律の文言との矛盾
職業安定法は、労働者供給を「業として」行うことを禁止しています。この「業として」の判断基準は、本来:
- 反復継続性があるかどうか
- 事業として組織的に行われているかどうか
であるはずです。
目的が正当であるかどうかは、本来「業として」の判断基準ではありません。
法解釈上の問題
本来、法律の解釈としてはこんな風になるのではないでしょうか。
在籍出向が反復継続して行われている
↓
「業として」行われていると判断される
↓
労働者供給事業に該当する
↓
違法である
というのが論理的な帰結のはずです。
しかし、厚生労働省の見解は、「目的が正当だから」という理由で、「業として行われていると判断されるものは少ない」としています。
これは、いくら目的が正当であったとしても、反復継続して行われていればそれは「業として行われている」と判断されてしかるべきという原則から逸脱しているように見えます。
5. 在籍出向が事実上容認されている本当の理由
厚生労働省の公式見解は「目的の正当性」を理由としていますが、実際のところ、在籍出向が事実上容認されている背景には、より現実的な理由があると考えられます。
企業社会における在籍出向の必要性
1. 日本の企業文化に深く根付いている
在籍出向は、戦後の日本企業の発展とともに定着してきた人事制度であり:
- 大企業グループのほとんどが日常的に実施
- 雇用調整の重要な手段として機能
- 企業グループ経営の根幹をなす制度
2. 雇用維持の重要な手段
特に経済状況が厳しい時期には次のような役目があります。
- 人員整理(リストラ)の代替手段として活用
- 労働者の生活を守る「温情的措置」として機能
- 失業率の抑制にも貢献
3. 企業グループの経営効率化
- グループ全体での人材の最適配置
- 経営資源の効率的活用
- ノウハウ・技術の共有
4. 労働者のキャリア形成
- 多様な経験を積む機会
- スキルアップの手段
- キャリアの選択肢拡大
違法とすることの実際上の困難さ
このように、在籍出向は企業社会一般で、しかもその必要性が認められた上で頻繁に行われています。
もし在籍出向を違法としたら…
- 日本の大企業グループのほとんどが法律違反の状態に
- 企業の雇用調整機能が大きく損なわれる
- 失業者が急増する可能性
- 企業グループ経営に重大な支障
- 労働者のキャリア形成機会が失われる
在籍出向を違法なものとして禁止することは、実際上不可能と言わざるを得ません。
そう考えると、ちょっと今の法令は厳しすぎて守れないから厚労省も目をつぶりますという摩訶不思議な運用が続けられているのですね。
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投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。
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