「不正及び誤謬への対応」の実務展開

人材派遣会社の経営者の方々や、監査に携わる実務家の皆様は、「不正リスク」という言葉をお聞きになったことがあるのではないでしょうか。

近年、企業の不正会計や粉飾決算に関する報道が後を絶ちません。特に人材派遣業界においては、売上の架空計上、派遣スタッフの稼働時間の水増し、源泉徴収税額の過少申告など、様々な不正リスクが潜在しています。こうした不正は、財務諸表に重要な虚偽表示をもたらし、投資家や債権者を欺く結果となります。

結論から申し上げますと、監査人は職業的専門家として、不正及び誤謬により財務諸表に重要な虚偽表示がもたらされる可能性を常に念頭に置き、これに適切に対応する責任を負っています。この責任を果たすことなくして、信頼性の高い監査証明を提供することはできません。

監査基準第三 実施基準 一 基本原則5は、次のように規定しています。

「監査人は、職業的専門家としての懐疑心をもって、不正及び誤謬により財務諸表に重要な虚偽の表示がもたらされる可能性に関して評価を行い、その結果を監査計画に反映し、これに基づき監査を実施しなければならない。」

この基本原則5が求めているのは、監査人が単に財務諸表の数字を検証するだけでなく、常に「不正や誤りが隠れているのではないか」という批判的な視点を持ち、それを監査の全プロセスに組み込むことです。

本稿では、この基本原則5が監査実務においてどのような意義を持ち、特に人材派遣業界においてどのように実践されるべきかを、具体的な事例を交えながら詳しく解説してまいります。


不正と誤謬の区別――意図性の有無が決定的な違い

基本原則5を正しく理解するためには、まず「不正」と「誤謬」の違いを明確にする必要があります。

不正(Fraud)とは、財務諸表に重要な虚偽の表示をもたらす意図的な行為を指します。不正な財務報告を行う目的、または資産を不正に流用する目的で、経営者や従業員、第三者が故意に行う行為です。

一方、誤謬(Error)とは、財務諸表に含まれる意図的でない虚偽の表示を指します。会計処理の誤り、計算ミス、会計基準の誤った適用、事実の見落としなど、意図せずに生じる誤りです。

この二つを区別する決定的な要素は「意図性」の有無です。同じ虚偽表示であっても、故意に行われたものは不正、過失によるものは誤謬と分類されます。

人材派遣業界における具体例で考えてみましょう。

ある人材派遣会社P社では、派遣スタッフの勤怠管理システムに入力された稼働時間を基に、月次で売上を計上しています。この場合、以下のような状況が考えられます。

【不正の例】 営業部長のQ氏が、業績目標を達成するために、実際には稼働していない架空の派遣スタッフを登録し、その稼働時間を入力して売上を水増しした。この場合、Q氏には売上を過大計上する意図があり、これは明確な不正です。

【誤謬の例】 経理担当者のR氏が、派遣スタッフの稼働時間を売上に計上する際、単価の入力を誤り、本来時給2,000円のところを2,500円と入力してしまった。この場合、R氏に不正の意図はなく、単純な入力ミスであり、これは誤謬です。

監査人にとって、この区別は極めて重要です。なぜなら、不正は組織的かつ巧妙に隠蔽される傾向があり、誤謬よりも発見が困難だからです。また、不正は経営者による内部統制の無効化を伴うことが多く、通常の監査手続では発見できない可能性があります。

したがって、基本原則5は、監査人に対して、特に不正リスクへの高度な警戒と、それに対応した監査手続の実施を求めているのです。


職業的懐疑心――不正を見抜く「批判的思考」

基本原則5の冒頭に掲げられている「職業的懐疑心」とは、監査人が常に保持すべき基本的な姿勢を表す概念です。

職業的懐疑心(Professional Skepticism)とは、監査証拠を批判的に評価し、矛盾する監査証拠や文書や経営者の説明の信頼性に疑問を抱かせる情報に注意を払う態度のことです。簡単に言えば、「経営者の説明を鵜呑みにせず、常に疑問を持って確かめる姿勢」です。

職業的懐疑心は、以下の要素から構成されます。

1. 問いかける姿勢 「なぜこの取引が発生したのか」「この数値は合理的か」といった問いを常に投げかける姿勢です。

2. 警戒の姿勢 相反する監査証拠や、通常と異なるパターン、異常な取引に対して警戒する姿勢です。

3. 批判的評価 入手した監査証拠を額面通りに受け取るのではなく、その信頼性や十分性を批判的に評価する姿勢です。

ここで、人材派遣会社S社の監査における実例を紹介しましょう。

年商約80億円の人材派遣会社S社の監査を担当する公認会計士T氏は、前年度からの売上の増加率が例年に比べて異常に高いことに気づきました。前年度比で売上が約15%増加していたのです。

T氏は経営者のU社長に理由を尋ねました。

「今期の売上が大幅に伸びていますが、どのような要因があるのでしょうか。」

U社長は即座に答えました。

「今期は大手メーカーV社との新規取引が開始され、そこへの派遣人員が大幅に増えたためです。順調に業績を伸ばしています。」

この説明に対して、職業的懐疑心を欠く監査人であれば、「なるほど、新規取引先ができたのですね」と納得し、それ以上の検証を行わないかもしれません。

しかし、T氏は職業的懐疑心を保持し、さらに踏み込んだ質問を続けました。

「V社との取引条件はどのようなものでしょうか。契約書を拝見できますか。」

「V社への派遣スタッフは何名で、どのような業務に従事しているのでしょうか。」

「V社からの入金状況はいかがですか。売掛金の残高が増えていませんか。」

このような追加質問を通じて、T氏は以下の事実を発見しました。

  • V社との契約書は存在するが、契約日が期末の1ヶ月前と異常に遅い
  • V社への派遣スタッフの人数は契約書上50名とされているが、実際の勤怠記録が不明瞭
  • V社に対する売掛金が約3億円発生しており、期末日時点で未入金

さらにT氏がV社に直接確認状を送付したところ、V社からは「当社との取引実態はあるが、派遣スタッフの人数は実際には20名程度であり、請求金額に疑問がある」との回答がありました。

この結果、S社が売上を過大計上していた事実が判明し、監査証明の適正性に重大な疑義が生じることとなりました。

このケースは、職業的懐疑心を保持することが、不正の発見においていかに重要であるかを示す典型例です。


不正リスク要因の識別――「不正のトライアングル」の視点

基本原則5は、監査人に対して「不正及び誤謬により財務諸表に重要な虚偽の表示がもたらされる可能性に関して評価を行」うことを求めています。この評価を行うための有力な枠組みが、「不正のトライアングル(Fraud Triangle)」です。

不正のトライアングルとは、不正が発生する際に存在する3つの要素を示す理論的枠組みです。

1. 動機・プレッシャー(Incentive/Pressure) 不正を行う理由や圧力が存在すること。例えば、業績目標の達成圧力、個人的な金銭的困窮、経営者の報酬制度など。

2. 機会(Opportunity) 不正を実行し、発覚を免れる機会が存在すること。例えば、内部統制の不備、経営者による統制の無効化、監視体制の欠如など。

3. 姿勢・正当化(Attitude/Rationalization) 不正を正当化する態度や価値観が存在すること。例えば、「他社もやっている」「一時的な措置だ」といった心理的正当化。

監査人は、この3つの要素が揃っているかどうかを評価することで、不正リスクの存在と程度を判断します。

人材派遣業界における不正リスク要因を、この枠組みで整理してみましょう。

【動機・プレッシャー】

  • 業界全体の競争激化による利益率の低下
  • 労働者派遣事業許可の更新時における財産的基礎要件(純資産2,000万円以上)の充足圧力
  • 金融機関からの借入における財務制限条項の遵守圧力
  • 経営者の業績連動報酬制度

【機会】

  • 派遣スタッフの稼働管理が分散的で、架空の稼働時間を計上しやすい
  • 派遣先企業との勤怠確認が形式的で、実態確認が不十分
  • 内部統制が未整備で、経営者による統制の無効化が容易
  • 監査役や内部監査機能が脆弱

【姿勢・正当化】

  • 「少しぐらいの調整は業界慣行だ」という認識
  • 「会社を守るための一時的な措置だ」という正当化
  • コンプライアンス意識の欠如

これらの不正リスク要因が複数存在する場合、監査人は高度な警戒をもって監査を実施しなければなりません。


不正リスクへの対応手続――監査計画への具体的反映

基本原則5は、不正リスクの評価結果を「監査計画に反映し、これに基づき監査を実施しなければならない」と規定しています。つまり、不正リスクの評価は単なる机上の分析で終わらせるのではなく、具体的な監査手続に落とし込まなければならないのです。

不正リスクに対応する監査手続は、以下の3つのレベルで実施されます。

1. 全般的な対応 不正リスクが広く財務諸表全体に関係する場合、監査チーム全体の対応を強化します。具体的には、以下のような対応です。

  • より経験豊富な監査人の配置
  • 専門家(IT専門家、法務専門家など)の活用
  • 監査手続の予見可能性を低減(実施時期や範囲に予測不能な要素を加える)
  • 職業的懐疑心の強化(チーム内での意識共有)

2. 財務諸表項目レベルでの対応 特定の財務諸表項目に関連する不正リスクに対しては、以下のような具体的な監査手続を実施します。

  • より信頼性の高い監査証拠の入手(外部証拠の活用)
  • サンプル数の増加
  • 予測不能な監査手続の実施
  • データ分析技術の活用

3. 経営者による内部統制の無効化への対応 経営者は内部統制を無効化する立場にあるため、以下のような特別な手続が必要です。

  • 仕訳入力の検証(特に期末近くの異常な仕訳)
  • 会計上の見積りにおけるバイアスの評価
  • 重要な異常取引の検証

人材派遣会社W社の監査における実際の対応事例を紹介しましょう。

年商約50億円の人材派遣会社W社の監査において、監査チームは期中の分析的手続により、以下の異常な傾向を発見しました。

  • 第4四半期(1月〜3月)の売上が前年同期比で30%増加
  • 同時期の売掛金回転期間が60日から90日へ延長
  • 新規取引先が10社増加し、そのほとんどが期末1ヶ月以内の取引開始

これらの兆候から、監査チームは収益認識に関する不正リスクが高いと評価し、以下の対応手続を監査計画に追加しました。

【全般的対応】

  • パートナーであるX氏自身が現場往査を実施
  • IT専門家を投入し、基幹システムからの売上データの抽出と分析を実施

【項目別対応】

  • 新規取引先10社全てに対する確認状の送付(通常は重要性基準に基づく抽出)
  • 派遣スタッフの勤怠記録と請求書の突合範囲を拡大(通常のサンプル数の2倍)
  • 派遣先企業への往査を実施し、派遣スタッフの実在性を直接確認

【内部統制の無効化への対応】

  • 期末前後1ヶ月間の全ての仕訳入力を検証
  • 経営者や経理責任者が直接入力した仕訳の詳細検証
  • 売上計上基準の適用における経営者の判断のバイアスを評価

これらの追加手続を実施した結果、X氏のチームは、新規取引先のうち3社について、実際の派遣実績が契約書上の人数を大幅に下回っていることを発見しました。具体的には、契約書上は合計30名の派遣となっていましたが、実際に稼働していたのは12名のみでした。

さらに詳細な調査により、これらの架空計上は営業部長のY氏が主導したものであり、売上を約8,000万円過大計上していたことが判明しました。Y氏は業績目標達成のプレッシャーから、実態のない契約を結び、勤怠システムに架空の稼働データを入力していたのです。

この事例は、不正リスクへの適切な対応手続が、重大な不正の発見につながることを示しています。


収益認識における不正リスク――人材派遣業界特有の留意点

監査基準委員会報告書240「財務諸表監査における不正」は、収益認識を「不正リスクが存在するという反証可能な推定が適用される領域」としています。つまり、監査人は原則として、収益認識に不正リスクが存在すると推定して監査を実施しなければならないのです。

人材派遣業界においては、以下のような収益認識に関する不正リスクが特に高いと考えられます。

1. 架空の派遣スタッフの計上 実際には存在しない派遣スタッフを登録し、その稼働時間を計上することで売上を水増しする不正です。

2. 稼働時間の過大計上 実際の稼働時間よりも多い時間を計上することで売上を水増しする不正です。派遣先企業との勤怠確認が形式的な場合、この不正が発生しやすくなります。

3. 単価の操作 契約書上の単価よりも高い単価で売上を計上する不正です。

4. 期間帰属の操作 翌期の稼働分を当期に前倒しで計上したり、逆に当期の稼働分を翌期に繰り延べたりする不正です(いわゆるカットオフの操作)。

5. 返金条項のある契約の不適切な処理 派遣スタッフの早期退職時の返金条項などを無視して、全額を売上計上する不正です。

これらの不正リスクに対応するため、人材派遣会社の監査においては以下のような手続が特に重要となります。

  • 派遣先企業への確認状送付(売上金額だけでなく、派遣人数や単価の確認も含む)
  • 派遣スタッフの実在性確認(雇用契約書、タイムカード、給与支払記録の突合)
  • 勤怠管理システムのデータと請求書の突合
  • カットオフテスト(期末前後の取引の期間帰属の確認)
  • 分析的手続(売上、売掛金、派遣スタッフ数の推移分析、異常値の検出)

誤謬への対応――意図的でない誤りの評価

基本原則5は「不正及び誤謬」の両方への対応を求めています。不正に比べて誤謬は意図的でない分、監査人にとって発見しやすい側面がありますが、その影響を適切に評価することが重要です。

人材派遣業界における典型的な誤謬の例としては、以下のようなものがあります。

1. 源泉徴収税額の計算誤り 派遣スタッフへの給与支払時の源泉徴収税額を誤って計算し、預り金の残高が不正確になる誤謬です。

2. 社会保険料の計算誤り 派遣スタッフの社会保険料(健康保険、厚生年金保険など)の計算を誤り、費用や預り金が不正確になる誤謬です。

3. 有給休暇引当金の計算誤り 派遣スタッフの有給休暇の未消化分に対する引当金の計算を誤る誤謬です。

4. 減価償却費の計算誤り 自社で使用するPCや備品の減価償却費を誤って計算する誤謬です。

これらの誤謬は、意図的でないとはいえ、財務諸表に重要な影響を与える可能性があります。監査人は、発見した誤謬を集計し、その合計が監査上の重要性の基準値を超えるかどうかを評価しなければなりません。

ある人材派遣会社Z社の監査において、監査人は以下の誤謬を発見しました。

  • 源泉徴収税額の計算誤り: 過少計上200万円
  • 社会保険料の計算誤り: 過大計上150万円
  • 有給休暇引当金の計算誤り: 過少計上300万円

これらの誤謬は、いずれも経理担当者の計算ミスや会計処理の誤解によるものであり、不正の意図はありませんでした。しかし、合計すると350万円(200万円+300万円-150万円)の利益の過大計上となり、Z社の税引前利益(約3,000万円)の11.7%に相当します。

監査上の重要性の基準値を税引前利益の5%と設定していた場合、この誤謬の合計額は基準値を大幅に超えることになり、監査人は経営者に修正を求めなければなりません。

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投稿者プロフィール

jinzaihaken
jinzaihaken
労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。