架空の稼働実績が消えた夜──「監査役と話していたから」気づけた話と、基本原則7の本当の意味
ある営業部長が計上していたもの
期末監査の終盤、主要取引先への売掛金確認状に不一致が発見された。会社の帳簿では5,000万円、取引先からの回答は3,000万円。差額2,000万円。
監査担当者がすぐに常勤監査役に連絡を入れると、監査役はこう言った。「あの営業部長が一手に窓口を握っていて、経理への報告が妙に遅いと思っていたんですよ」。その一言で調査の方向が定まった。掘り起こしてみれば、業績目標のプレッシャーに押しつぶされた営業部長が、実際には稼働していない派遣スタッフの時間を期末直前に計上していた、という話だった。
「監査役が知っていたから気づけた」。これが今回の話の核心だ。
監査基準第三 実施基準 一 基本原則7は、こう定めている。「監査人は、監査の各段階において、監査役、監査役会、監査等委員会又は監査委員会(以下「監査役等」という。)と協議する等適切な連携を図らなければならない。」
この一文が何を求めているのかを、人材派遣業界の経営者・実務家の目線から掘り下げてみたい。
「二様監査」とは何か、そしてなぜ噛み合わないことが多いのか
日本の上場企業や一定規模の企業には、二種類の監査が並存している。これを「二様監査」と呼ぶ。
二様監査とはつまり、会計監査人(公認会計士・監査法人)による外部監査と、監査役等(監査役・監査役会・監査等委員会・監査委員会)による監査が同時に機能している体制のことだ。
会計監査人は、財務諸表が会計基準に準拠して適正に表示されているかという専門的判断を行う。監査役等は、会社法に基づいて取締役の職務執行を監視し、計算書類の適正性を確認する。どちらも「財務報告の信頼性を守る」という目的では同じ方向を向いている。
では、この二つが噛み合えば問題は自然に解決するかというと、そう甘くない。会計監査人は決算期に集中して手続きを実施するが、日常の経営実態には接触しにくい。監査役は日常的に社内に存在するが、会計処理の専門知識は会計監査人ほど深くない。片方が持っていて片方が持っていない情報や知識が、きれいに補完関係にある。にもかかわらず、お互いが「向こうがやっているだろう」と思って情報共有を省略すると、両者の間に盲点が生まれる。その盲点に、不正は滑り込む。
「協議する」とは、お茶を飲みながら雑談することではない
基本原則7が求めているのは、監査が終わってから結果を報告することではない。「監査の各段階において」連携を図れ、と言っている。計画段階から報告段階まで、全プロセスを通じた継続的なコミュニケーションだ。
計画段階での連携とはどういうものか。ある人材派遣会社の監査において、公認会計士が監査計画を策定する前に常勤監査役と面談した場面を想像してほしい。監査役が「第3四半期に、営業担当者が実際の稼働時間より多い時間を入力していた事案が発覚しました。金額的には小さかったですが、内部統制に不備がある可能性があります。それと、今期から始めた技術者派遣の案件は契約形態が複雑で、経理部門も収益認識の判断に苦慮しています」と話したとする。
この一言があれば、監査チームは計画の段階から「稼働時間の承認プロセスの検証を重点化する」「技術者派遣の収益認識を詳細に検証する」「必要なら収益認識の専門家をチームに加える」という対応をあらかじめ組み込める。これが計画段階の連携の価値だ。
逆に言えば、この情報なしに監査を始めると、問題がある領域に気づかないまま手続きを流す可能性がある。監査は検索エンジンではない。どこを重点的に掘るかの見立てが、品質を大きく左右する。
監査実施中の連携が「不正発見」を生み出す構造
監査実施段階での連携の実例として、冒頭の話を改めて整理したい。
売掛金確認状の不一致という異常値は、監査手続の中で機械的に発見できる。ただし「なぜこの差額が生じているのか」という原因の見立てには、社内の人間関係や業務プロセスへの理解が不可欠だ。会計監査人はそこにアクセスしにくい。
ここで監査役等との連携が機能する。監査役が日常的に把握している「あの営業部長が一手に取引を管理していた」「経理への報告が遅かった」という情報が、架空計上という仮説に直結した。その後の調査で、業績目標のプレッシャーから実際には稼働していない派遣スタッフの時間を計上していたという事実が明らかになった。
これは偶然ではなく、構造の話だ。監査役が日常的に経営の中に入り込んでいるからこそ持てる「肌感覚の情報」と、会計監査人が持つ「財務数字の異常値を見抜く専門知識」が組み合わさったときに初めて、不正は表面に出てくる。
報告段階での連携──「監査役が評価者になる」という制度設計
監査終了後の報告段階では、会計監査人は監査役等に対して監査の結果を説明する。報告すべき事項は多岐にわたる。監査の概要と実施した主要な手続き、監査上の主要な検討事項(KAM)として識別した事項、発見した内部統制の不備、経営者との意見の相違、監査人の独立性に関する事項、などだ。
ここで重要なのが、会社法の制度設計だ。会社法第344条は、監査役等が会計監査人の選任・解任・再任に関する議案の内容を決定する権限を持つと定めている。また第399条では、会計監査人の報酬決定に監査役等の同意が必要とされている。
つまり監査役等は、会計監査人の「評価者」でもある。会計監査人は監査の品質を監査役等に説明し、信任を得なければならない立場にある。これは建前ではなく、制度的な権力構造だ。
ある人材派遣会社の監査役会議長はこう語る。「監査報告書に適正意見が出ているかどうかだけを見るのではなく、職業的懐疑心が適切に発揮されているか、重要な論点を十分に検討しているか、私たちとのコミュニケーションが実質的かどうかを評価しています」。こうした評価を受ける緊張感が、会計監査人の監査品質を一定以上に保つ機能を果たしている。
「三様監査」が機能する組織と、名ばかりの三様
大規模な人材派遣会社では、監査役等と会計監査人に加えて内部監査部門が設置される場合がある。この三者が連携する体制を「三様監査」と呼ぶ。三様監査とはつまり、企業統治の三本柱が情報と知識を共有しながら、それぞれの専門性を活かして監査の実効性を高める体制のことだ。
人材派遣業界においてこの体制が特に重要になるのは、業態の構造上の理由がある。営業拠点が全国に分散し、派遣スタッフの稼働時間集計や請求書処理が現場ごとに行われる。中央の会計監査人が期末にすべての拠点を直接確認することは現実的ではない。内部監査部門が年間を通じて各拠点を回り、業務プロセスの遵守状況を確認していることが、会計監査人の監査効率と精度を大幅に向上させる。
ただし、三様という形式があるからといって機能しているとは限らない。三者がそれぞれ別々に動いて結果を「報告書のやりとり」でしか共有していなければ、それは三様と呼べない。定期的な連携会議を開き、互いが何を見ていて何を懸念しているかを実質的に話し合う場があってこそ、三様は機能する。
形の三様か、実質の三様か。これは企業統治における「お飾りのコンプライアンス体制か、本当に機能する統治機構か」という二項対立の縮図でもある。
連携が難しい理由──独立性と守秘義務という制約
ここで正直に言っておきたいのは、この連携には制約があるということだ。
会計監査人は独立性を保たなければならない。監査役等の意向に過度に引きずられれば、独立した判断が歪む。たとえ監査役が「あれは問題ではないと思う」と言っても、会計監査人がそれに従うべきかは別問題だ。
守秘義務も絡む。会計監査人は業務上知り得た情報を正当な理由なく外部に漏らしてはならない。監査役等との情報共有においても、その範囲と機密性の扱いには慎重な判断が求められる。
さらに言えば、経営者との関係への配慮も必要だ。監査役等に何かを伝えることが、経営者との信頼関係を必要以上に損なうようなケースもある。
要するに、連携は「多ければ多いほど良い」という単純な話ではなく、独立性・守秘義務・経営者との関係という三つの制約を意識しながら、適切なバランスで行う実務的判断が求められる。ここが「基本原則7を読んでわかった気になっても、実務では難しい」と感じられる所以だ。
「形式的な連携」か「実質的な連携」か
ここで問いを置こう。
あなたの組織の監査役と会計監査人は、どこまで実質的に話しているか。
年に一度、監査終了後に30分の報告会を開いているなら、それは「連携している」と言えるか。計画段階で監査役が懸念事項を共有し、監査実施中に問題が見つかればすぐに連絡し合い、報告段階で双方向の質疑を通じて監査の相当性を評価している、そういう状態と同列に語れるか。
形式的な連携とは、法令や基準の要件を満たすための書式的なやりとりだ。実質的な連携とは、互いの知らない情報と知識を補完し合い、監査の盲点を埋めるための本音の対話だ。
この差は小さく見えて、不正発見の確率や内部統制の改善速度に、じわじわと効いてくる。そして気づいたときには、片方は「うちの監査は機能していた」と言え、もう片方は「なぜ気づけなかったのか」という問いに苦しむことになる。
基本原則7の言葉をもう一度見ると、「協議する等適切な連携を図らなければならない」とある。「等」の一文字に、書類交換だけではないという意味が込められている。そしてその連携の実質が、人材派遣業界のような分散型・複雑型の業態においては、監査証明の信頼性を文字通り左右する。
「連携なくして、実効性ある監査証明なし」──この一文が原則論として言われるとき、それを「そりゃそうだ」と流すのと、「では自分の組織の連携は実質的か」と問い直すのとでは、10年後の組織の健全性に大きな差が出る。
そういう話を、監査の報告書を眺めながら少しだけ考えてもらえれば、この記事には価値があったことになる。の強化などに関するご相談は、当事務所までお気軽にお問い合わせください。特に人材派遣業界における監査証明に関する実務経験が豊富です。
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投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。




