監査証明の根拠となる証拠収集の本質
公認会計士が監査証明業務を行うにあたって、監査意見を表明するためには、その意見を裏付ける十分かつ適切な根拠が必要です。監査基準第三「実施基準」一「基本原則」の第3項では、監査人が適切な監査要点を設定し、それに対応する十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならないことが明確に規定されています。
しかし、「監査要点って具体的に何?」「監査証拠はどこまで集めればいいの?」「十分かつ適切ってどう判断するの?」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで今回は、監査基準第三「実施基準」一「基本原則」の第3項である「監査要点と監査証拠」について、その意義、具体的な内容、実務上の重要性、さらには監査証拠の十分性と適切性の判断基準まで、詳しく解説いたします。実際の監査現場での証拠収集の事例も交えながら、この規定が監査証明の信頼性を支える根幹であることをご理解いただければと思います。
監査基準第三 実施基準 一 基本原則 3の条文内容
まず、監査基準において「監査要点と監査証拠」はどのように規定されているのでしょうか。
監査基準第三「実施基準」一「基本原則」の第3項では、「監査人は、自己の意見を形成するに足る基礎を得るために、経営者が提示する財務諸表項目に対して、実在性、網羅性、権利と義務の帰属、評価の妥当性、期間配分の適切性及び表示の妥当性等の監査要点を設定し、これらに適合した十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならない」と定められています。
この条文を丁寧に読み解くと、いくつかの重要な要素が含まれていることがわかります。
第一に、「自己の意見を形成するに足る基礎を得るために」という監査証拠収集の目的です。監査証明において監査人が表明する監査意見は、主観的な印象や感覚ではなく、客観的な証拠に基づくものでなければなりません。
第二に、「経営者が提示する財務諸表項目に対して」という対象の明示です。監査は、経営者が作成した財務諸表の適正性を評価する業務であり、監査証拠もその財務諸表項目に関連したものでなければなりません。
第三に、「実在性、網羅性、権利と義務の帰属、評価の妥当性、期間配分の適切性及び表示の妥当性等の監査要点を設定し」という要求です。これは、財務諸表項目について、どのような観点から検証すべきかを具体的に示しています。
第四に、「これらに適合した十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならない」という要求です。ここでは、監査証拠の「十分性」と「適切性」という二つの質的要件が示されています。
この条文が示すように、監査証明業務は、適切な監査要点を設定し、それに対応する十分かつ適切な監査証拠を体系的に収集することで、監査意見の合理的な基礎を構築する作業なのです。
「監査要点」の意味と主要な分類
「監査要点(Audit Assertions)」とは、財務諸表項目について、監査人が検証すべき特定の側面を指します。簡単に言えば、「財務諸表項目が正しいかどうかを、どのような観点から確かめるべきか」という検証の視点です。
監査基準では、主要な監査要点として以下を挙げています。
(1)実在性(Existence)
「実在性」とは、財務諸表に計上されている資産や負債が実際に存在するか、取引や事象が実際に発生したかという監査要点です。
例えば、貸借対照表に計上されている「現金及び預金」が本当に存在するのか、損益計算書に計上されている「売上高」が実際に発生した取引なのかを確かめます。
実在性の監査要点に対応する監査手続としては、実査(現物を確認する)、確認(第三者から直接回答を得る)、視察(現場を見る)などがあります。
(2)網羅性(Completeness)
「網羅性」とは、計上すべき資産、負債、取引、事象がすべて財務諸表に計上されているかという監査要点です。実在性とは逆の方向の確認です。
例えば、発生した仕入取引がすべて計上されているか、存在する負債がすべて計上されているかを確かめます。
網羅性は、実在性よりも確認が困難です。なぜなら、「存在しないもの」を証明することは難しいからです。網羅性の監査手続としては、カットオフテスト(期末前後の取引の計上時期の確認)、分析的手続(期待値との比較)などがあります。
(3)権利と義務の帰属(Rights and Obligations)
「権利と義務の帰属」とは、財務諸表に計上されている資産が企業の権利であり、負債が企業の義務であるかという監査要点です。
例えば、計上されている売掛金が本当に企業に回収する権利があるものなのか、商品を販売したが所有権が移転していない在庫を誤って除外していないかなどを確かめます。
この監査要点に対応する監査手続としては、契約書の閲覧、登記簿謄本の確認、担保設定の有無の確認などがあります。
(4)評価の妥当性(Valuation)
「評価の妥当性」とは、資産、負債、収益、費用が適切な金額で計上されているかという監査要点です。
例えば、棚卸資産が正味実現可能価額で評価されているか、有価証券が適切な時価で評価されているか、貸倒引当金が十分に計上されているかなどを確かめます。
評価の妥当性は、会計上の見積りを伴うことが多く、監査人の職業的判断が特に重要となる監査要点です。
(5)期間配分の適切性(Cut-off, Allocation)
「期間配分の適切性」とは、収益や費用が適切な会計期間に計上されているか、資産や負債の金額が適切な会計期間に配分されているかという監査要点です。
例えば、期末日前後の売上が正しい期間に計上されているか(カットオフ)、減価償却費が適切に計算されているか、前払費用や未払費用が適切に計上されているかなどを確かめます。
(6)表示の妥当性(Presentation and Disclosure)
「表示の妥当性」とは、財務諸表の表示方法や注記事項が、会計基準に準拠して適切に行われているかという監査要点です。
例えば、科目の分類が適切か、重要な会計方針が注記されているか、偶発債務が適切に開示されているか、関連当事者取引が開示されているかなどを確かめます。
これらの監査要点は、財務諸表項目の種類(資産、負債、収益、費用等)や、取引の性質によって、重要性が異なります。監査人は、それぞれの状況に応じて、重点を置くべき監査要点を判断する必要があります。
「監査証拠」の意味と種類
「監査証拠(Audit Evidence)」とは、監査人が監査意見を形成するために利用する情報であり、監査手続を実施することによって入手されるものです。監査証明の品質は、入手する監査証拠の品質に直接依存します。
監査証拠には、様々な種類があります。
(1)形態による分類
第一に、「物的証拠」です。現金、有価証券、棚卸資産など、物理的に存在するものを直接確認することで得られる証拠です。証明力が高い証拠とされています。
第二に、「文書的証拠」です。契約書、請求書、領収書、議事録、確認状など、文書の形で存在する証拠です。文書的証拠の中でも、外部証拠(第三者が作成した文書)は内部証拠(企業が作成した文書)よりも証明力が高いとされています。
第三に、「口頭証拠」です。経営者や従業員への質問によって得られる回答です。証明力は相対的に低く、通常、他の証拠によって裏付けを取る必要があります。
(2)入手方法による分類
第一に、「実査(Inspection of Tangible Assets)」によって得られる証拠です。現金、有価証券、棚卸資産などの実物を直接確認します。
第二に、「確認(Confirmation)」によって得られる証拠です。取引先や金融機関などの第三者に対して、直接照会を行い、回答を得ます。証明力の高い監査証拠です。
第三に、「証憑突合(Inspection of Documents)」によって得られる証拠です。取引の証拠書類(請求書、領収書、契約書など)を閲覧し、会計記録と照合します。
第四に、「再計算(Recalculation)」によって得られる証拠です。企業が行った計算を監査人が独自に再実施し、その正確性を確認します。
第五に、「再実施(Reperformance)」によって得られる証拠です。企業が実施した内部統制の手続を監査人が独自に再実施し、その有効性を確認します。
第六に、「分析的手続(Analytical Procedures)」によって得られる証拠です。財務データ間の関係や趨勢を分析し、異常な変動や予期しない関係を識別します。
第七に、「質問(Inquiry)」によって得られる証拠です。経営者、従業員、外部の専門家などに質問し、情報を入手します。
第八に、「観察(Observation)」によって得られる証拠です。企業の業務プロセスや内部統制の運用状況を直接観察します。
ここで、中堅監査法人のL会計士が経験した、監査要点と監査証拠の関係を示す事例をご紹介しましょう。
製造業の期末棚卸資産の監査
L氏は、ある製造業の期末棚卸資産の監査を担当していました。棚卸資産の帳簿価額は10億円で、財務諸表に占める割合が大きい重要な項目です。
L氏:「棚卸資産について、どの監査要点を重点的に確認すべきでしょうか」
マネージャー:「全ての監査要点を確認する必要があるけど、特に実在性、評価の妥当性、表示の妥当性が重要だね」
実在性の確認
まず、L氏は実在性の監査要点に対応する監査手続を実施しました。
L氏:「期末日に実地棚卸の立会を実施します」
実地棚卸当日、L氏は工場の倉庫で立会を行いました。
L氏:「この製品A、実際に数えたところ500個ありました。棚卸表にも500個と記載されています」
工場長:「はい、正確に数えています」
L氏:「では、この製品Aのうち、サンプルで10個を選んで、製造番号を記録します。後日、これが帳簿に計上されているか確認します」
網羅性の確認
次に、L氏は網羅性の監査要点を確認しました。
L氏:「実地棚卸に立ち会っただけでは、網羅性は確認できません。倉庫の外に置かれている在庫や、外部倉庫の在庫が漏れていないか確認が必要です」
L氏は、工場を視察し、倉庫以外の場所に在庫がないかを確認しました。
L氏:「製造ラインの横に、完成品が積まれていますね」
工場長:「ああ、それは明日出荷予定のものです」
L氏:「これも棚卸表に含まれていますか?」
工場長:「はい、含まれています」
L氏:「確認のため、この製品の製造番号も記録しておきます」
権利と義務の帰属の確認
L氏は、棚卸資産の所有権についても確認しました。
L氏:「この倉庫の在庫の中に、受託保管品や積送品はありますか?」
経理部長:「受託保管品が一部あります。B社から預かっている原材料です」
L氏:「それは棚卸表から除外されていますか?」
経理部長:「はい、別管理しているので、当社の在庫には含まれていません」
L氏:「確認のため、受託保管品のリストを見せてください」
評価の妥当性の確認
次に、L氏は評価の妥当性の監査要点を確認しました。
L氏:「棚卸資産は原価で評価されていますが、正味実現可能価額が原価を下回っているものはありませんか?」
経理部長:「滞留在庫や陳腐化した在庫については、評価損を計上しています」
L氏:「その判断基準を教えてください」
L氏は、滞留在庫のリストを入手し、詳細に分析しました。
L氏:「この製品C、2年以上動きがありませんが、評価損は計上されていません」
経理部長:「それは特注品で、顧客からの追加注文が見込まれています」
L氏:「その根拠となる証拠はありますか?顧客からの発注書や、営業担当者からの報告書などを見せてください」
証拠の不足と追加手続
L氏が証拠を確認したところ、十分な裏付けがないことが判明しました。
L氏:「顧客からの正式な発注書はなく、営業担当者の口頭での見込みだけですね」
経理部長:「確かに、文書化された証拠はありません」
L氏:「それでは、評価損の計上が必要と判断します。正味実現可能価額をゼロとして、全額評価損を計上してください」
期間配分の適切性の確認
L氏は、期末日前後の入出庫取引についても確認しました。
L氏:「期末日の前後数日間の入庫伝票と出庫伝票を確認します。期末日をまたいで計上時期が誤っていないかチェックします」
カットオフテストの結果、適切に処理されていることが確認されました。
表示の妥当性の確認
最後に、L氏は財務諸表の表示を確認しました。
L氏:「棚卸資産の内訳は、貸借対照表に適切に注記されていますか?」
経理部長:「はい、製品、仕掛品、原材料の内訳を注記しています」
L氏:「評価方法は?」
経理部長:「総平均法を採用しており、それも注記しています」
L氏:「今回計上した評価損は、損益計算書で売上原価に含まれていますね。金額が大きいので、特別損失として表示すべきではないでしょうか」
監査証拠の文書化
L氏は、入手した監査証拠を監査調書に記録しました。
マネージャー:「よくやったね。各監査要点に対して、適切な監査証拠を入手できている」
L氏:「特に評価の妥当性については、経営者の主張を鵜呑みにせず、客観的な証拠を求めることが重要だと実感しました」
この事例が示すように、監査証明業務において、監査要点を明確に設定し、それぞれに対応する十分かつ適切な監査証拠を収集することが、監査意見の合理的な基礎を形成するのです。
「十分かつ適切な」監査証拠の意味
監査基準では、監査証拠は「十分かつ適切」でなければならないと規定しています。「十分性」と「適切性」は、監査証拠の質を評価する二つの重要な側面です。
(1)監査証拠の「十分性」
「十分性(Sufficiency)」とは、監査証拠の量的な側面を指します。すなわち、監査意見を形成するために、どれだけの量の監査証拠が必要かということです。
監査証拠の十分性は、以下の要因によって影響を受けます。
第一に、重要な虚偽表示のリスクの程度です。リスクが高い領域については、より多くの監査証拠が必要です。
第二に、監査証拠の質です。質の高い監査証拠であれば、少ない量でも十分な場合があります。逆に、質の低い監査証拠であれば、より多くの量が必要です。
第三に、監査手続の性質です。実査や確認など証明力の高い手続であれば、相対的に少ない量で十分な場合があります。
実務的には、サンプリングのサンプル数、確認状の送付件数、テストする取引の件数などが、十分性の判断に関わってきます。
(2)監査証拠の「適切性」
「適切性(Appropriateness)」とは、監査証拠の質的な側面を指します。すなわち、監査証拠がどれだけ信頼できるか、監査要点との関連性があるかということです。
監査証拠の適切性は、以下の要因によって影響を受けます。
第一に、証拠の信頼性です。一般的に、以下のような特徴を持つ証拠は信頼性が高いとされています。
- 外部の独立した情報源から入手した証拠(内部証拠より外部証拠)
- 内部統制が有効な場合に企業内部で作成された証拠
- 直接入手した証拠(間接的に入手した証拠よりも)
- 文書の形で存在する証拠(口頭による証拠よりも)
- 原本の証拠(コピーよりも)
第二に、証拠の目的適合性です。入手した監査証拠が、確かめようとしている監査要点に直接関連しているかどうかです。
例えば、実地棚卸の立会は、棚卸資産の実在性の監査要点に対しては有効な証拠ですが、評価の妥当性の監査要点に対しては限定的な証拠にしかなりません。
したがって、監査人は、監査証拠の量(十分性)と質(適切性)の両面を考慮して、入手すべき監査証拠を決定する必要があるのです。
監査証拠の入手における職業的懐疑心
監査証明業務において監査証拠を入手する際、監査人は職業的懐疑心を保持することが極めて重要です。
職業的懐疑心を保持するとは、監査証拠を批判的に評価し、矛盾する監査証拠や、情報の信頼性に疑問を生じさせる状況に注意を払うことを意味します。
具体的には、以下のような姿勢が求められます。
第一に、経営者の説明を鵜呑みにしないことです。経営者の説明は重要な情報源ですが、それだけに頼るのではなく、独立した証拠によって裏付けを取る必要があります。
第二に、矛盾する証拠に注意を払うことです。異なる監査手続から入手した監査証拠が矛盾する場合、その原因を徹底的に調査する必要があります。
第三に、異常な取引や金額に注意を払うことです。通常とは異なるパターンや、予期しない金額については、その理由を詳細に調査する必要があります。
第四に、文書の真正性を確認することです。特に重要な契約書や証憑については、原本を確認する、第三者に直接確認するなどの手続が必要です。
第五に、代替的な説明の可能性を検討することです。経営者から一つの説明を受けた場合でも、他の説明の可能性がないかを考える必要があります。
監査証拠の収集において職業的懐疑心を欠くと、表面的な証拠だけで満足してしまい、重要な虚偽表示を見逃す可能性が高まります。
当事務所における監査証拠収集への取り組み
私たち公認会計士事務所においても、十分かつ適切な監査証拠の収集を、高品質な監査証明業務の核心として位置づけています。
まず、監査要点に基づく体系的な監査プログラムの整備です。各財務諸表項目について、確認すべき監査要点を明確にし、それぞれに対応する監査手続を標準化しています。
次に、監査証拠の十分性と適切性の評価基準の明確化です。サンプル数の決定方法、証拠の信頼性の評価基準などを文書化し、監査人間での判断のばらつきを抑制しています。
さらに、外部証拠の積極的な活用も重視しています。確認手続、外部専門家の利用、独立した情報源からの情報入手などを通じて、証明力の高い監査証拠を入手するよう努めています。
加えて、監査証拠の批判的評価の徹底も行っています。入手した監査証拠について、その信頼性、目的適合性、一貫性などを批判的に評価し、必要に応じて追加の監査証拠を入手します。
また、監査調書における監査証拠の適切な文書化も徹底しています。どのような監査証拠を、どのような方法で入手したのか、その証拠から何が結論づけられるのかを、明確に記録します。
当事務所では、「監査証拠なくして、監査証明なし」という認識のもと、監査証拠の収集に妥協を許しません。
監査証明業務において、監査要点の設定と監査証拠の収集は、監査の本質的な作業です。私たちは、体系的かつ批判的な監査証拠の収集により、信頼性の高い監査証明サービスを提供してまいります。
監査業務に関するご質問やご相談がございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。私たちは、十分かつ適切な監査証拠に基づく高品質な監査証明サービスを提供し、皆様の信頼に応えるべく、誠心誠意サポートさせていただきます。
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投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。
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