適切な監査証明を支える監査計画策定の基礎

公認会計士が監査証明業務を行うにあたって、場当たり的に監査手続を実施するのではなく、綿密な計画に基づいて体系的に監査を実施することが不可欠です。監査基準第三「実施基準」一「基本原則」の第1項では、監査人が監査リスクを合理的に低い水準に抑えるために、適切な監査計画を策定することが明確に規定されています。

しかし、「監査リスクって具体的に何?」「監査計画ってどこまで詳細に立てるの?」「リスクと重要性の関係は?」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そこで今回は、監査基準第三「実施基準」一「基本原則」の第1項である「監査リスクと監査計画」について、その意義、具体的な内容、実務上の重要性、さらにはリスク・アプローチに基づく監査の考え方まで、詳しく解説いたします。実際の監査現場での計画策定事例も交えながら、この規定が監査証明の効果性と効率性を両立させる重要な基盤であることをご理解いただければと思います。

監査基準第三 実施基準 一 基本原則 1の内容

まず、監査基準において「監査リスクと監査計画」はどのように規定されているのでしょうか。

監査基準第三「実施基準」一「基本原則」の第1項では、「監査人は、監査リスクを合理的に低い水準に抑えるために、財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを評価し、発見リスクの水準を決定するとともに、監査上の重要性を勘案して監査計画を策定し、これに基づき監査を実施しなければならない」と定められています。

この条文を丁寧に読み解くと、いくつかの重要な概念と要素が含まれていることがわかります。

第一に、「監査リスクを合理的に低い水準に抑える」という監査の目標です。これは、監査証明において、絶対的な保証ではなく合理的な保証を提供するという、監査の本質的な性質を示しています。

第二に、「財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを評価し」という要求です。これは、監査人が財務諸表のどこに誤りが生じやすいのかを事前に評価することを求めています。

第三に、「発見リスクの水準を決定する」という要求です。発見リスクとは、監査人が実施する監査手続が虚偽表示を発見できないリスクを指します。監査人は、このリスクをどの程度まで許容するかを決定する必要があります。

第四に、「監査上の重要性を勘案して」という要求です。重要性とは、財務諸表の利用者の判断に影響を与える可能性のある虚偽表示の大きさを指します。監査人は、この重要性の概念を考慮して監査計画を策定します。

第五に、「監査計画を策定し、これに基づき監査を実施しなければならない」という手続の要求です。これは、監査が計画なしに行われるのではなく、体系的な計画に基づいて実施されるべきことを明確にしています。

これらの要素は相互に関連しており、総合的に機能することで、効果的かつ効率的な監査証明業務が実現されるのです。

「監査リスク」の概念とその構成要素

監査証明業務における「監査リスク」とは、財務諸表に重要な虚偽表示があるにもかかわらず、監査人が不適切な監査意見を表明してしまうリスクを指します。簡単に言えば、「本当は誤りがあるのに、適正意見を出してしまうリスク」です。

監査リスクは、以下の三つの要素の組み合わせとして理解されます。

第一の要素は、「固有リスク(Inherent Risk)」です。これは、内部統制が存在しないと仮定した場合に、財務諸表に重要な虚偽表示が生じる可能性を指します。固有リスクは、企業の事業の性質、業界の特性、取引の複雑性などによって影響を受けます。

例えば、現金は盗難や横領のリスクが高いため、固有リスクが高いと評価されます。また、複雑な金融商品の評価や、経営者の判断に大きく依存する会計上の見積りなども、固有リスクが高い領域です。

第二の要素は、「統制リスク(Control Risk)」です。これは、企業の内部統制が、財務諸表の重要な虚偽表示を適時に防止または発見できないリスクを指します。統制リスクは、企業の内部統制の整備状況と運用状況によって決まります。

例えば、売上計上プロセスにおいて、適切な承認手続や検証手続が存在せず、架空売上が計上される可能性がある場合、統制リスクは高いと評価されます。

固有リスクと統制リスクを合わせて、「重要な虚偽表示のリスク(Risk of Material Misstatement: RMM)」と呼びます。これは、監査人が監査手続を実施する前の段階で、財務諸表に重要な虚偽表示が存在するリスクです。

第三の要素は、「発見リスク(Detection Risk)」です。これは、監査人が実施する監査手続が、存在する重要な虚偽表示を発見できないリスクを指します。発見リスクは、監査人がコントロールできる唯一のリスク要素です。

監査リスクモデルは、以下の式で表現されます: 監査リスク = 重要な虚偽表示のリスク × 発見リスク

または、より詳細には: 監査リスク = 固有リスク × 統制リスク × 発見リスク

このモデルが示すように、監査人は、重要な虚偽表示のリスク(固有リスクと統制リスク)を評価し、監査リスクを許容可能な低い水準に保つために、発見リスクをどの程度まで低く抑える必要があるかを決定します。

重要な虚偽表示のリスクが高い場合には、発見リスクを低く抑える必要があり、したがって、より広範囲で詳細な監査手続を実施しなければなりません。逆に、重要な虚偽表示のリスクが低い場合には、ある程度の発見リスクを許容でき、監査手続の範囲を限定することができます。

「監査上の重要性」の概念と基準値の設定

監査証明業務において、もう一つの重要な概念が「監査上の重要性(Materiality)」です。

監査上の重要性とは、財務諸表の虚偽表示が、財務諸表の利用者の経済的意思決定に影響を与える可能性のある大きさを指します。簡単に言えば、「これくらいの誤りがあったら、投資家の判断が変わるかもしれない」という金額的な基準です。

監査人は、全ての虚偽表示を発見しようとするわけではありません。なぜなら、それは現実的ではなく、また費用対効果の観点からも合理的ではないからです。監査人は、重要な虚偽表示、すなわち利用者の判断に影響を与える可能性のある虚偽表示に焦点を当てて監査を実施します。

監査上の重要性には、いくつかのレベルがあります。

第一に、「財務諸表全体の重要性」です。これは、財務諸表全体に対して適用される重要性の基準値です。通常、税引前利益、総資産、売上高などの一定割合として算定されます。例えば、「税引前利益の5%」や「総資産の1%」といった形です。

第二に、「実行上の重要性(Performance Materiality)」です。これは、財務諸表全体の重要性よりも低い金額で設定され、個々の勘定科目や取引種類に対する監査手続を計画する際の基準となります。実行上の重要性を設定することで、複数の虚偽表示が累積した場合でも、財務諸表全体の重要性を超えないようにバッファーを確保します。

第三に、「特定の取引種類等に対する重要性」です。特定の項目については、財務諸表全体の重要性よりも低い金額が利用者の判断に影響を与える可能性があります。例えば、役員報酬や関連当事者取引などです。

第四に、「明らかに僅少な虚偽表示の金額」です。これは、集計する必要もないほど明らかに少額な虚偽表示の金額です。通常、財務諸表全体の重要性の5%程度に設定されます。

ここで、中堅監査法人のJ会計士が経験した、監査リスクと重要性の適切な評価の重要性を示す事例をご紹介しましょう。

新規クライアントの監査計画

J氏は、急成長中のIT企業の初年度監査を担当することになりました。監査計画の策定段階です。

J氏:「まず、財務諸表全体の重要性を設定します。税引前利益が10億円なので、その5%で5,000万円としましょう」

マネージャー:「ちょっと待って。この会社、今期たまたま大型案件で利益が出ているけど、過去は赤字続きだったよね?」

重要性基準値の再検討

J氏は、過去の財務データを詳細に分析しました。

J氏:「確かに、過去3年間は赤字でした。今期の利益は一時的なものかもしれません」

マネージャー:「利益ベースだと基準値が不安定になるね。売上高や総資産をベースにした方がいいかも」

J氏:「売上高は50億円、総資産は30億円です。総資産の1%で3,000万円を重要性とするのはどうでしょうか」

リスク評価の実施

次に、J氏は重要な虚偽表示のリスクを評価しました。

J氏:「この会社、収益認識が一番のリスクですね。受託開発と自社製品販売が混在していて複雑です」

マネージャー:「固有リスクは高いね。内部統制はどう?」

J氏:「経理部門は5名だけで、牽制機能が弱いです。統制リスクも高いと評価します」

監査手続の計画

重要な虚偽表示のリスクが高いと評価されたため、J氏は発見リスクを低く抑える必要がありました。

J氏:「収益認識については、実証手続を大幅に拡充します。サンプル数を通常の2倍にし、契約書の精査も徹底します」

マネージャー:「それだけ時間がかかるけど、リスクに見合った対応だね」

監査の実施と発見

実際に監査を実施したところ、J氏の評価は的中しました。

J氏:「やはり収益認識に問題がありました。進行基準を適用すべき案件で完成基準を適用しているケースが複数あります」

マネージャー:「金額的な影響は?」

J氏:「合計で約4,000万円の過大計上です。重要性の基準値3,000万円を超えています」

クライアントへの指摘と修正

J氏は、経営者に問題を指摘しました。

CFO:「確かに、収益認識の判断が曖昧でした。ご指摘ありがとうございます」

J氏:「適切な会計処理に修正していただく必要があります」

CFO:「分かりました。訂正します。これを機に、収益認識の社内ルールを明確化します」

監査終了後の振り返り

監査終了後、J氏はパートナーと振り返りを行いました。

パートナー:「よくやったね。適切なリスク評価と監査計画が、重要な誤りの発見につながったよ」

J氏:「もし通常程度の監査手続しか実施していなかったら、見逃していたかもしれません」

パートナー:「それが監査リスクだよ。リスク・アプローチに基づく監査計画の重要性を実感できたね」

この事例が示すように、監査証明業務において、適切な監査リスクの評価と重要性の設定は、効果的な監査計画の策定に不可欠なのです。

リスク・アプローチに基づく監査の考え方

現代の監査は、「リスク・アプローチ(Risk-Based Approach)」に基づいて実施されます。これは、監査資源を効果的に配分するために、リスクの高い領域に監査の重点を置くという考え方です。

従来の監査では、全ての勘定科目に対して画一的に監査手続を実施していました。しかし、この方法は非効率であり、また、リスクの高い領域に十分な監査資源を投入できないという問題がありました。

リスク・アプローチでは、まず、財務諸表のどこに重要な虚偽表示のリスクが高いかを評価します。そして、リスクの高い領域については詳細な監査手続を実施し、リスクの低い領域については限定的な監査手続を実施します。

このアプローチにより、監査の効果性(重要な虚偽表示を発見する能力)と効率性(限られた監査資源の最適配分)の両方を達成することができます。

リスク・アプローチに基づく監査のプロセスは、以下のように進みます。

第一段階は、リスク評価手続の実施です。監査人は、企業及び企業環境を理解し、内部統制を含む事業上のリスクを識別し、それが財務諸表にどのような影響を及ぼすかを評価します。

第二段階は、リスク対応手続の立案です。評価されたリスクに対応するために、どのような監査手続を実施すべきかを計画します。リスクが高い領域については、より広範囲で、より詳細な、またはより証明力の高い監査手続を実施します。

第三段階は、監査手続の実施です。立案した監査手続を実際に実施し、監査証拠を入手します。

第四段階は、監査証拠の評価と結論です。入手した監査証拠が十分かつ適切であるかを評価し、監査意見の基礎となる結論を形成します。

このリスク・アプローチは、監査証明業務の品質を向上させるとともに、監査の効率性を高める重要な方法論なのです。

監査計画の二つのレベル-全体的監査戦略と詳細な監査計画

監査基準委員会報告書300「監査計画」では、監査計画を二つのレベルに分けて策定することを求めています。

第一のレベルは、「全体的な監査戦略(Overall Audit Strategy)」です。これは、監査業務の範囲、時期、方向性を設定するハイレベルの計画です。

全体的な監査戦略には、以下のような事項が含まれます。

まず、監査業務の範囲の特定です。監査対象となる企業の事業所や子会社の範囲、適用される財務報告の枠組み(日本基準、IFRS等)などを特定します。

次に、監査の目的に照らした報告の時期です。中間監査や四半期レビューの時期、監査報告書の発行予定日などを設定します。

さらに、監査の方向性を決定する重要な要素です。重要性の基準値、リスクの高い領域、必要な専門家の種類、監査チームの規模と構成などを決定します。

第二のレベルは、「詳細な監査計画(Detailed Audit Plan)」です。これは、全体的な監査戦略を具体的な監査手続に落とし込んだ計画です。

詳細な監査計画には、以下のような事項が含まれます。

まず、個々の財務諸表項目に対するリスク評価です。売掛金、棚卸資産、固定資産など、個々の勘定科目について、重要な虚偽表示のリスクを評価します。

次に、リスクに対応する監査手続の性質・時期・範囲です。各勘定科目について、どのような監査手続を(性質)、いつ実施し(時期)、どの程度の範囲で実施するか(範囲)を具体的に計画します。

さらに、監査チームメンバーへの作業の割当です。誰が、どの領域を担当するかを明確にします。

これら二つのレベルの監査計画は、監査の進行に伴い、必要に応じて修正されます。監査計画は固定的なものではなく、新たな情報や状況の変化に応じて柔軟に見直されるべきものなのです。

監査計画策定における企業及び企業環境の理解

適切な監査計画を策定するためには、監査人が企業及びその企業が置かれている環境を十分に理解することが不可欠です。

企業及び企業環境の理解には、以下のような事項が含まれます。

第一に、業界の状況です。企業が属する業界の特性、競争環境、規制環境、技術革新の動向などを理解します。例えば、IT業界であれば技術の陳腐化リスク、製薬業界であれば研究開発の不確実性などが重要な要素です。

第二に、企業の事業内容です。企業が提供する製品やサービス、収益源、主要な顧客や仕入先、事業拠点の地理的分布などを理解します。

第三に、企業の組織構造と統治機構です。組織図、意思決定プロセス、取締役会や監査役等の機能、内部監査の体制などを理解します。

第四に、企業の経営方針と戦略です。経営者のビジョン、事業戦略、業績目標、経営者の報酬体系などを理解します。特に、過度な業績圧力は不正リスクの源泉となり得ます。

第五に、財務業績の測定と評価です。主要な業績指標(KPI)、予算管理の方法、業績評価システムなどを理解します。

第六に、内部統制システムです。会計システム、ITシステム、内部統制の整備と運用状況などを理解します。

これらの理解は、監査証明業務を通じて継続的に深化していきます。特に、初年度の監査では、企業理解に多くの時間を割く必要があります。

監査計画の柔軟性と適時の見直し

監査計画は、監査の開始時に策定されますが、それは最終的なものではありません。監査基準では、監査計画の前提として把握した事象や状況が変化した場合、あるいは監査の実施過程で新たな事実を発見した場合には、適宜、監査計画を修正することを求めています。

監査計画を見直すべき状況としては、以下のようなケースがあります。

第一に、当初の想定と異なる内部統制の状況が判明した場合です。例えば、内部統制が有効に機能していると想定していたが、実際には重大な不備があることが判明した場合、統制リスクの評価を見直し、実証手続を拡充する必要があります。

第二に、予期しない虚偽表示や異常な取引を発見した場合です。これらは、当初評価したリスクが過小であったことを示唆している可能性があり、リスク評価と監査計画の見直しが必要です。

第三に、企業の事業環境に重大な変化が生じた場合です。例えば、大規模なM&A、主要顧客の喪失、重要な訴訟の発生などが該当します。

第四に、経営者の交代や組織再編があった場合です。これらは、企業の統制環境や事業リスクに影響を与える可能性があります。

第五に、監査の過程で、当初設定した重要性の基準値が不適切であることが判明した場合です。例えば、期中に大規模な減損損失が発生し、当期純利益が大幅に減少した場合などです。

このように、監査計画は柔軟に見直されるべきものであり、監査人は常に新たな情報に注意を払い、必要に応じて計画を修正する姿勢が求められます。

当事務所における監査計画策定への取り組み

私たち公認会計士事務所においても、監査リスクに対応した適切な監査計画の策定を、高品質な監査証明業務の基盤として位置づけています。

まず、十分な時間をかけて監査計画を検討します。

次に、企業及び企業環境の理解のための情報収集です。監査開始前に、企業のウェブサイト、有価証券報告書、アナリストレポート、業界誌などから情報を収集し、企業と業界の理解を深めます。

さらに、経営者や監査役等との事前協議も重視しています。監査計画の策定段階で、経営者や監査役等と協議し、企業の事業計画、重要な会計上の論点、前期からの変更点などについて情報を入手します。

加えて、リスク評価ワークショップの実施も行っています。監査チーム全体でブレインストーミングを実施し、重要な虚偽表示のリスクを網羅的に識別します。多様な視点からの議論により、見落としがちなリスクも識別できます。

また、標準化された監査計画フォーマットの使用も徹底しています。監査法人として標準的な監査計画書のフォーマットを用意し、記載すべき事項が漏れなく検討されるようにしています。

当事務所では、「適切な監査計画なくして、適切な監査証明なし」という認識のもと、監査計画の策定に十分な資源を投入しています。

監査証明業務における監査計画は、単なる形式的な文書ではなく、監査の方向性を決定し、監査資源を最適に配分するための重要な設計図です。私たちは、リスク・アプローチに基づく体系的な監査計画により、効果的かつ効率的な監査を実現し、高品質な監査証明サービスを提供してまいります。

監査業務に関するご質問やご相談がございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。私たちは、綿密な監査計画に基づく高品質な監査証明サービスを提供し、皆様の信頼に応えるべく、誠心誠意サポートさせていただきます。

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投稿者プロフィール

jinzaihaken
jinzaihaken
労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。