商店街アーケードの工事負担金を繰延資産に入れてしまい、派遣許可の財産的基礎を誤認した事例について

見えている数字と、制度が読んでいる数字は、同じとは限らない

商店街の再整備が進むと、経営者はだいたい前向きになります。人通りが戻るかもしれない。雨の日でも来店しやすくなるかもしれない。地域の景観も整うかもしれない。商店街振興組合がアーケードを共同で設置するとなれば、各店舗が工事負担金を支払うことも珍しくありません。現場感覚でいえば、これは「街を守るための必要経費」です。ところが、会計と許認可の世界では、その「必要経費」がそのままの顔では通りません。ここに、静かな落とし穴があります。

実際、労働者派遣事業の許可に関心を持つ経営者のなかには、商店街アーケードの工事負担金を貸借対照表の繰延資産に計上していたために、自社は財産的基礎を満たしていないと考え込み、必要以上に悩んでしまう方がいます。会社の資金状態が急に悪くなったわけではない。事業実態が急変したわけでもない。にもかかわらず、貸借対照表の一つの区分表示が、許可要件の見え方を変えてしまうのです。雑に言えば、数字が悪いのではなく、数字の置き場所が悪い。ここでいう「置き場所」とは、会計上どの資産区分に表示するかということです。

労働者派遣事業の許可では、財産的基礎の判定にあたり、資産の総額から負債の総額を控除した基準資産額が一定水準以上であることが求められます。ただし、その資産総額には条件が付いています。厚生労働省は、基準資産額を「資産の総額から負債の総額を控除した額」としつつ、その資産の総額から「繰延資産及び営業権を除く」と明示しています。さらに、基準資産額は原則として二千万円掛ける事業所数以上、かつ負債総額の七分の一以上であり、自己名義の現金預金も千五百万円掛ける事業所数以上が必要です。つまり、貸借対照表に「繰延資産」として載っている金額は、派遣許可の基準資産額の計算では、そのまま資産から外されるのです。

ここでまず押さえたいのは、商店街アーケードの工事負担金は、税務上はかなりはっきりした扱いがあるということです。国税庁は、商店街で小売店を営む法人が、商店街にアーケードを建設するにあたり支出した負担金について、「共同的施設の設置のために支出する費用」に該当し、繰延資産となるため、一時の損金にすることはできないとしています。そして、その支出額は五年間で均等償却すると示しています。ここでいう「共同的施設」とは、ざっくり言えば、その地域の構成員が共同で便益を受ける設備のことです。商店街のアーケードは、その典型例として扱われています。

さらに、法人税基本通達では、共同的施設の設置又は改良のために支出する費用として、商店街その他特定の地域における共同的施設の設置又は改良に要する費用が整理されています。税務の世界では、各店舗が組合に支払う工事負担金は、まさにその枠組みの中で理解されるわけです。平たく言えば、税務はこの支出を「その年だけの費用」ではなく、「数年にわたって効果が及ぶ支出」と見ている。ここでいう「効果が数年に及ぶ」とは、支払った年だけで便益が終わるのではなく、アーケードの利用を通じて継続的な便益が見込まれるという意味です。

ここまでは税務の話であり、それ自体はかなり明快です。問題は、その税務上の「繰延資産」という言葉を、そのまま貸借対照表の表示科目として受け取ってしまうことです。現場ではしばしば、税務上の繰延資産である以上、会計上も繰延資産の部に計上すべきだと考えられてしまいます。しかし、この理解は正確ではありません。税務上の繰延資産と、会計上の繰延資産は、名前が似ていても、守備範囲が同じではないからです。言い換えれば、これは用語の一致ではなく、制度の不一致です。ここでいう制度の不一致とは、税法と会計基準が、同じ支出を別の分類軸で捉えることです。

会計上の繰延資産は、企業会計基準委員会の整理によれば、結果として限定列挙になっています。具体的には、株式交付費、社債発行費等、創立費、開業費、開発費の五項目です。しかも、この五項目以外へ繰延資産の範囲を広げる検討は行っていないと明示されています。つまり、会計上の繰延資産は「何となく将来に効きそうな支出」を広く入れてよい箱ではありません。商店街アーケードの工事負担金のような税法固有の繰延資産は、この五項目の中には入っていません。

では、会計上はどう処理すべきか。中小企業の会計に関する指針は、この点をかなり率直に示しています。税法固有の繰延資産は、法人が支出した費用で、その効果が支出の日以後一年以上に及ぶものをいうとしたうえで、会計処理を行う場合は「長期前払費用等として計上する」としています。さらに表示についても、税法固有の繰延資産は「投資その他の資産」に長期前払費用等の適当な項目を付して表示するとしています。要するに、税務上は繰延資産であっても、会計上は繰延資産の部に置くのではなく、投資その他の資産の区分で長期前払費用等として示すのが基本なのです。

ここでいう長期前払費用とは、すでに支払が済んでいて、役務提供も受けているが、その効果が将来にわたって発現すると期待される費用のうち、一年を超えて便益が及ぶものを整理する考え方です。難しく見えるかもしれませんが、商店街アーケードの工事負担金に当てはめると理解しやすくなります。各店舗はその負担金を支払うことで、今後の営業期間にわたり、アーケードという共同設備から便益を受けます。したがって、税務では繰延資産として償却し、会計では長期前払費用等として投資その他の資産に置く、という二層構造になるわけです。この二層構造を理解しないまま「税務でも繰延資産だから、貸借対照表でも繰延資産」としてしまうと、派遣許可の計算で不利に働きます。

ここで一度、かなり具体的に考えてみます。たとえば、アーケード工事負担金として三百万円を支払い、これを貸借対照表の繰延資産に計上していたとします。この場合、派遣許可の基準資産額の計算では、その三百万円は資産総額から除かれます。他方で、これが会計上適切に長期前払費用等として投資その他の資産に表示されていれば、少なくとも「繰延資産だから除外する」という扱いは受けません。もちろん、他の資産や負債の状況も見なければ最終判断はできません。しかし、少なくとも、表示区分の誤りだけで基準資産額が痩せて見えるという事態は避けられます。数字が足りないのではなく、数字が誤って減らされていた。中小企業の経営者にとって本当にしんどいのは、この種の「実体ではなく表示で損をする」状況です。

この問題が厄介なのは、誰かが手を抜いたから起きるとは限らない点にあります。むしろ逆で、税務に忠実であろうとするほど、税法上の名称を会計表示にそのまま持ち込みやすいのです。税務の文脈ではそれで話が通る。償却期間も決まっている。処理方針もある。だから、その名称で貸借対照表に置いてしまう。これは怠慢というより、制度間の翻訳不全です。ここでいう翻訳不全とは、ある制度では正しい言葉を、別の制度でも同じ意味で通じると思い込んでしまうことです。税務上の正しさが、そのまま会計上の表示正確性を保証するわけではありません。

会社法の考え方から見ても、貸借対照表は一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従って作成されるべきものです。つまり、会計書類は税法だけで組み立てるのではなく、会計基準や会計慣行に照らして表示しなければならない。ここで重要なのは、申告書を作るための分類と、財務状態を示すための分類は、重なるところもあるが、常に一致するわけではないということです。言い換えれば、税務は課税のための言語であり、会計は財政状態の表現のための言語です。同じ日本語に見えても、文法が違うのです。

中小企業の経営者にとって、この話はやや抽象的に感じられるかもしれません。しかし、将来から逆に照らすと、抽象論では済まないことが分かります。いまは派遣許可の申請だけが問題に見えるかもしれません。けれども、決算書の表示区分の癖は、その後も残ります。更新申請のときも、金融機関への説明のときも、場合によっては事業承継やM&Aの局面でも、同じ貸借対照表が参照される。今期だけ何とか通ればよい、という発想は、数年後に別の説明負担として戻ってきます。目先の安心が、未来の説明不能に変わる。この種の後悔は、たいてい四、五年後に静かに訪れます。ちょうど、税務上の償却期間が五年であることと、皮肉なほど重なります。

では、経営者は何を確認すべきか。第一に、商店街振興組合へ支払ったアーケード工事負担金の契約資料や請求資料を見て、その支出が何に対するものかを特定することです。第二に、その支出が税務上どの類型に該当するかを確認することです。商店街アーケードであれば、国税庁の公表する取扱いから、共同的施設の設置のために支出する費用として、税務上の繰延資産になる可能性が高い。第三に、貸借対照表上の表示区分を確認することです。もし「繰延資産」の部に直接入っているなら、その表示が会計上妥当かを再検討する必要があります。中小企業の会計に関する指針に沿えば、税法固有の繰延資産は長期前払費用等として投資その他の資産に表示するのが基本です。

このとき大切なのは、税務処理を否定することではありません。税務上は五年償却でよい。その理解は維持しつつ、会計表示だけを正しい場所へ戻すのです。一方を立てれば他方が崩れる、という話ではありません。崩れているのは、税務と会計の役割分担を飛び越えてしまった表示の側です。ここを冷静に切り分けることができれば、派遣許可の財産的基礎についても、本来の姿に近い判定が可能になります。

そして、もし申請直前や更新直前にこの問題が見つかった場合でも、必要以上に悲観するべきではありません。厚生労働省は、基準資産額や現金預金額の増加について申立てがある場合、公認会計士又は監査法人による監査証明を受けた中間決算又は月次決算で確認する枠組みを用意しています。もちろん、個別事情による検討は必要です。しかし少なくとも、誤った表示のまま結論を急ぐのではなく、適切な会計表示に立て直したうえで、制度が予定する方法で数字を見せ直す余地はあります。

この問題の本質は、単純な資金不足ではありません。もっと根の深い話です。税務の言語で作られた見かけの数字を信じるのか、それとも会計の言語で整え直した数字で制度に向き合うのか。その分かれ道です。前者は処理の便宜であり、後者は制度への適合です。中小企業の実務では、どうしても便宜が先に立ちます。日々の処理を回さなければならないからです。しかし、許認可の世界では、便宜はしばしば通用しません。そこでは、何が資産かより先に、どの制度上の意味で資産なのかが問われるからです。

商店街振興組合へのアーケード工事負担金をめぐる本件は、まさにその典型です。税務上は共同的施設の設置のために支出する費用として繰延資産。会計上は税法固有の繰延資産として長期前払費用等、表示区分は投資その他の資産。派遣許可の財産的基礎では、繰延資産は資産総額から除外。ここまで並べると、もはや問題は複雑なのではなく、制度をまたいだときに同じ言葉が別の意味を持つという一点に収れんします。難しそうに見えて、実は構造は一つです。

当事務所では、こうした税法固有の繰延資産の表示誤りを検討します。商店街アーケードの工事負担金、礼金、返還されない負担金、各種共同施設負担金は、税務の処理だけ見ていると貸借対照表で迷子になりやすい項目です。だからこそ、派遣許可の審査に入る前に、どの資産が本当に「会計上の繰延資産」なのかを点検することに意味があります。数字を盛るためではありません。数字を、本来の言語に戻すためです。

結局のところ、これは赤字の話ではなく、分類の話です。もっといえば、分類の話に見えて、制度の翻訳の話です。税務上正しいことと、会計上正しい表示は、似ていても同一ではない。そのズレを放置したまま許認可の審査へ進むと、会社の実力ではなく、表示の癖で不利になります。派遣許可の財産的基礎を本当に確かめたいなら、まず見るべきは資金繰りだけではありません。貸借対照表が、どの制度の言葉で書かれているかです。

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投稿者プロフィール

jinzaihaken
jinzaihaken
労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。