ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」に学ぶ人材派遣業の意思決定
「あの派遣スタッフは、面接のときすごく良い印象だったのに、なぜ3日で辞めたんだ?」
「この案件は絶対うまくいくと思ったのに、なぜ失敗したんだ?」
人材派遣会社の経営者なら、こんな経験があるでしょう。
経験豊富な経営者でも、判断を誤ることがあります。優秀な営業マンでも、見込み違いをすることがあります。
なぜでしょうか?
ノーベル経済学賞を受賞した心理学者、ダニエル・カーネマン教授は、2011年に発表した名著「ファスト&スロー(Thinking, Fast and Slow)」の中で、その理由を明らかにしました。
カーネマン教授によれば、人間の思考には2つのシステムがあります。
システム1: 速い思考(ファスト)。直感的で、自動的で、感情的。
システム2: 遅い思考(スロー)。論理的で、慎重で、意識的。
私たちは、ほとんどの判断をシステム1で行っています。なぜなら、速くて楽だからです。
しかし、システム1は、多くの「認知バイアス(思考の歪み)」を持っています。
本稿では、カーネマン教授の理論を人材派遣業に適用し、経営者が陥りやすい判断ミス、そしてその対処法を解説します。
この記事を読めば、「なぜあの判断を間違えたのか」「どうすればもっと良い判断ができるのか」が見えてきます。
1. カーネマンが発見した「2つの思考システム」
カーネマン教授は、人間の脳には2つの思考システムがあると言います。
システム1: 速い思考
特徴は以下の通りです。
・自動的に働く(意識しなくても動く)
・直感的(パッと答えが浮かぶ)
・感情的(好き嫌いで判断)
・省エネ(脳のエネルギーをあまり使わない)
・速い(瞬時に判断)
例を挙げましょう。
朝、目が覚めて、「今日は雨だな」と窓の外を見て判断する。これはシステム1です。
面接で応募者が入ってきて、「この人、感じ良いな」と第一印象を持つ。これもシステム1です。
システム2: 遅い思考
特徴は以下の通りです。
・意識的に働く(集中して考える必要がある)
・論理的(データや根拠に基づいて判断)
・冷静(感情を排除して分析)
・エネルギーを消費(脳が疲れる)
・遅い(時間がかかる)
例を挙げます。
「17×24」の計算をする。これはシステム2です。
月次決算書を見て、「今月の利益率が低い原因は何か?」と分析する。これもシステム2です。
問題: システム1が勝手に動く
カーネマン教授の重要な発見は、人間はほとんどの判断をシステム1で行っているということです。
システム2は、疲れるし、時間がかかるので、できるだけ使いたくない。
だから、本当はシステム2で慎重に判断すべきことも、システム1で「なんとなく」判断してしまいます。
そして、間違えます。
人材派遣業での例を見てみましょう。
派遣スタッフの面接で、「この人、笑顔が良いから、接客に向いてるな」と判断する。これはシステム1です。
しかし、笑顔と接客スキルには、実は相関関係がほとんどありません。
システム2で「過去のデータを見ると、接客スキルが高い人の特徴は何か?」と分析すべきですが、面倒なので、システム1の直感に頼ってしまいます。
2. 人材派遣業でよくある「認知バイアス」
カーネマン教授は、システム1が引き起こす「認知バイアス(思考の歪み)」を数多く発見しました。
人材派遣業に関係の深いものを見ていきましょう。
バイアス1: ハロー効果
一つの良い特徴が、他の評価も引き上げてしまう現象です。
カーネマン教授の実験を紹介します。
学生に、ある人物の特徴を2つの順番で伝えました。
グループA: 「頭が良い→勤勉→衝動的→批判的→頑固→嫉妬深い」 グループB: 「嫉妬深い→頑固→批判的→衝動的→勤勉→頭が良い」
同じ特徴なのに、グループAの方が、この人物を好意的に評価しました。
なぜでしょうか?
最初に「頭が良い」という良い印象を持つと、その後の「衝動的」「批判的」も、「まあ、頭が良い人だから、許せる範囲かな」と寛容に評価します。
これが、ハロー効果です。
人材派遣業での例です。
面接で、応募者が「前職は大手企業でした」と言う。
すると、「大手企業出身なら、優秀だろう」とハロー効果が働き、他の質問への回答も好意的に評価してしまいます。
しかし、大手企業出身であることと、派遣先での実務能力には、必ずしも相関関係がありません。
バイアス2: 確証バイアス
自分の信念を裏付ける情報ばかり集め、反対の情報を無視する傾向です。
人材派遣業での例を挙げます。
社長が「製造業の派遣は儲かる」と信じているとします。
すると、製造業で成功した事例ばかりに注目し、失敗した事例を見逃します。
データを見ると、製造業の利益率は3%で、物流業は5%だったとしても、「製造業の方が市場が大きいから、総額では儲かる」と、自分の信念を正当化する理由を探します。
確証バイアスにより、間違った戦略を続けてしまいます。
バイアス3: 利用可能性ヒューリスティック
思い出しやすい情報に、過度に影響される傾向です。
カーネマン教授の質問です。
「英語の単語で、1文字目がRの単語と、3文字目がRの単語、どちらが多いですか?」
多くの人が、「1文字目がRの単語の方が多い」と答えます。
しかし、実際には、3文字目がRの単語の方が多いのです。
なぜ間違えるのでしょうか?
1文字目がRの単語(Run, Red, Rightなど)は、思い出しやすいからです。
3文字目がRの単語(Street, Train, Throughなど)は、思い出しにくい。
思い出しやすい情報を、多いと勘違いしてしまいます。
人材派遣業での例です。
「派遣スタッフが突然辞めたことが、先週あった。だから、最近の若者はすぐ辞める傾向がある」
最近の印象的な出来事が、全体の傾向だと錯覚してしまいます。
実際にデータを見ると、定着率は前年と変わらないかもしれません。
バイアス4: アンカリング効果
最初に提示された数字が、その後の判断に影響を与える現象です。
これは、前回のアリエリーの記事でも触れましたが、カーネマン教授も重要なバイアスとして指摘しています。
人材派遣業での例を見ましょう。
派遣先企業が、「時給1,500円で派遣してほしい」と言ってきた。
あなたは、「適正な時給は1,800円だ」と思っている。
しかし、最初に「1,500円」というアンカーが提示されたため、「1,700円で妥協しようか」と考えてしまいます。
もし、あなたが先に「時給2,000円です」と提示していれば、交渉の結果は変わっていたかもしれません。
バイアス5: 後知恵バイアス
過去の出来事を、「最初から予測できた」と錯覚する傾向です。
人材派遣業での例です。
派遣スタッフが1週間で辞めた。
「やっぱり、面接のときから怪しいと思ってたんだよな」
しかし、面接のときは、「この人は良さそうだ」と思っていたはずです。
結果を知った後で、「最初から分かっていた」と記憶を書き換えてしまいます。
後知恵バイアスにより、失敗から学ぶことができなくなります。
3. 「優秀そうな人ほど、すぐ辞める」の謎
ここからは、人材派遣業でよくある疑問を、カーネマンの理論で解き明かします。
疑問
「面接で優秀そうな人を採用すると、なぜかすぐ辞める。逆に、あまり期待していなかった人が長く働く。なぜだ?」
これは、多くの派遣会社が経験する不思議な現象です。
カーネマンの答え: 平均への回帰
カーネマン教授が発見した、最も重要な統計的現象の一つが「平均への回帰」です。
これは、極端な値は、次には平均に近づく傾向があるという法則です。
カーネマン教授の有名な話があります。
イスラエル空軍のパイロット訓練で、教官がこう言いました。
「パイロットを褒めると、次のフライトで成績が下がる。叱ると、次のフライトで成績が上がる。だから、褒めるのは逆効果だ」
カーネマン教授は、これは間違いだと指摘しました。
理由を説明します。
あるフライトで、たまたま素晴らしい成績を出した。これは、実力に加えて、運が良かった可能性が高い。
次のフライトでは、運の要素が平均に戻るので、成績は下がる。
褒めたから下がったのではなく、平均への回帰で下がっただけです。
逆に、あるフライトで、ひどい成績だった。これは、実力に加えて、運が悪かった可能性が高い。
次のフライトでは、運の要素が平均に戻るので、成績は上がる。
叱ったから上がったのではなく、平均への回帰で上がっただけです。
人材派遣業への適用
面接で「この人、すごく優秀そうだ!」と感じた。
これは、本当の実力に加えて、面接当日の「運」(体調が良かった、質問が得意分野だった、たまたま良い受け答えができた)が影響している可能性が高い。
実際に働き始めると、運の要素が平均に戻るので、「あれ? 面接ほどじゃないな」と感じます。
逆に、面接で「まあ、普通かな」と感じた人は、面接当日の運が悪かっただけで、実際の実力は十分ある可能性があります。
働き始めると、平均に回帰し、「意外と良いじゃないか!」となります。
解決策: 複数回の評価
1回の面接で判断せず、複数回の接点を持つことです。
1回目の面接、2回目の面接、試用期間の実務。
複数回評価することで、運の要素が薄まり、本当の実力が見えてきます。
4. 「直感を信じて失敗した」の謎
次の疑問です。
疑問
「長年の経験から、『この案件は絶対うまくいく』と直感した。でも、失敗した。なぜ、経験豊富な自分の直感が外れたんだ?」
カーネマンの答え: 直感の限界
カーネマン教授は、直感が有効な場面と、無効な場面があると言います。
直感が有効な場面の条件は、以下の2つです。
条件1: 環境が規則的で、パターンが存在する
条件2: 長期間の練習により、そのパターンを学習している
例を挙げます。
チェスのグランドマスターは、盤面を見た瞬間に、最善手が「パッと浮かぶ」。
これは、チェスには一定のパターンがあり、グランドマスターは何万回もそのパターンを経験しているからです。
直感が無効な場面は、以下の場合です。
環境が不規則で、パターンが存在しない、または変化する。
人材派遣業での例を見てみましょう。
「この派遣スタッフは、派遣先企業と相性が良さそうだ」という直感。
しかし、人間関係の相性には、明確なパターンがありません。
派遣先の上司の性格、職場の雰囲気、派遣スタッフのその日の気分。多くの変数があり、予測が困難です。
だから、経験豊富な経営者でも、直感が外れます。
解決策: システム2を使う
直感(システム1)だけで判断せず、システム2で検証することです。
「この派遣スタッフと派遣先企業の相性が良いと思う理由は何か?」
「過去のデータを見ると、相性が良かったケースの共通点は何か?」
「今回のケースは、その共通点を満たしているか?」
システム2で論理的に検証することで、直感の誤りに気づけます。
5. 「損失回避」の罠
カーネマン教授の最も有名な理論の一つが、「プロスペクト理論」です。
この理論の核心は、「損失回避」です。
損失回避とは何か?
人間は、同じ金額でも、得をする喜びより、損をする痛みの方を強く感じる、という性質です。
カーネマン教授の実験です。
質問1を見てみましょう。
「100万円もらえます。ただし、コインを投げて、表が出たら200万円、裏が出たら0円です。どちらを選びますか?」
A: 確実に100万円もらう
B: コインを投げる(期待値は100万円)
多くの人が、Aを選びます。
質問2です。
「あなたは200万円の借金があります。ただし、コインを投げて、表が出たら借金ゼロ、裏が出たら借金400万円です。どちらを選びますか?」
A: 確実に100万円返済する(借金が100万円残る)
B: コインを投げる(期待値は借金200万円)
多くの人が、Bを選びます。
なぜでしょうか?
利益の場面では、リスクを避ける(確実な100万円を選ぶ)。
損失の場面では、リスクを取る(一か八かコインを投げる)。
人間は、損失を回避するためなら、無謀なギャンブルもするのです。
人材派遣業での例
あなたの会社に、長年の取引先A社があります。
しかし、A社は最近、派遣料金の値下げを要求してきました。
断れば、契約を打ち切られるかもしれません(損失)。
あなたは、利益率が低いと分かっていても、値下げを受け入れます。
なぜなら、A社を失う(損失)という痛みを避けたいからです。
しかし、冷静に考えれば(システム2)、利益率の低い案件を続けるより、その時間とリソースを新規開拓に使った方が、長期的には得です。
損失回避により、不合理な判断をしてしまいます。
解決策: フレーミングを変える
損失ではなく、機会として捉え直すことです。
「A社を失う」(損失)ではなく、「A社との取引をやめることで、より良い顧客を獲得する時間ができる」(機会)。
フレーミング(枠組み)を変えることで、冷静な判断ができます。
6. 実例: システム2で採用を改善したJ社
ここからは、カーネマンの理論を実践し、成功した派遣会社の実例を紹介します。
背景
J社は、神奈川県の中堅派遣会社(従業員20名)です。
製造業・物流業中心に派遣していましたが、採用した派遣スタッフの1か月定着率が60%と低迷していました。
面接担当者の「直感」で採用していましたが、外れることが多かったのです。
問題
面接担当者は、以下のような直感で判断していました。
「この人、明るくて良いな」(ハロー効果) 「前職は大手企業だから、優秀だろう」(ハロー効果) 「話し方がしっかりしているから、仕事もできそう」(無関係な相関)
しかし、明るさと定着率、大手企業出身と実務能力、話し方と仕事の質には、ほとんど相関関係がありませんでした。
転機
社長は、カーネマンの「ファスト&スロー」を読み、こう気づきました。
「うちは、システム1(直感)だけで採用している。システム2(論理的評価)を導入すれば、精度が上がるのではないか?」
実行したこと
J社は、以下の5つを導入しました。
施策1: 構造化面接の導入
すべての応募者に、同じ質問を、同じ順番で聞く。
これにより、ハロー効果を減らし、公平に評価できます。
質問例を挙げます。
「前職で、期限に間に合わなかった経験はありますか? そのとき、どう対処しましたか?」 「職場で意見の対立があったとき、どう解決しましたか?」 「この仕事を選んだ理由は何ですか? 1年後、どうなっていたいですか?」
施策2: 評価シートの作成
面接後、すぐに評価シートに記入する。
評価項目を挙げます。
・時間管理能力(5点満点)
・コミュニケーション能力(5点満点)
・問題解決能力(5点満点)
・仕事への意欲(5点満点)
印象ではなく、具体的な回答内容に基づいて採点します。
施策3: 複数人での評価
1人の面接担当者だけでなく、2人以上で面接し、それぞれが独立して評価する。
その後、評価を突き合わせ、大きなズレがあれば、再度面接します。
施策4: データの蓄積と分析
採用した派遣スタッフの評価シートと、実際の定着率・実務評価を紐づけてデータ化。
半年後、データを分析し、「どの評価項目が、定着率と相関しているか?」を検証しました。
すると、意外な発見がありました。
「コミュニケーション能力」は、定着率とほとんど相関がない。
「時間管理能力」と「仕事への意欲」が、定着率と強く相関している。
この結果を踏まえ、面接での質問と評価基準を修正しました。
施策5: 直感の記録と検証
面接担当者に、評価シートとは別に、「直感メモ」を書いてもらいました。
「この人、なんとなく良い感じがする」「この人、ちょっと心配」
半年後、直感メモと実際の結果を比較しました。
すると、直感の的中率は55%でした。ほぼコイン投げと同じです。
これを担当者にフィードバックし、「直感だけでは判断できない」ことを認識してもらいました。
結果(1年後)
以下の成果が出ました。
・1か月定着率が60%から78%に改善
・3か月定着率が45%から65%に改善
・派遣先企業からの評価も向上(「以前より、良い人材が来る」)
・採用担当者の判断ミスが減り、自信を持って採用できるようになった
・データに基づく採用により、新人の採用担当者も短期間で育成できるようになった
なぜ成功したのか?
カーネマンの「システム2」を導入したからです。
直感(システム1)だけでなく、構造化面接、評価シート、データ分析(システム2)を組み合わせることで、採用精度が劇的に向上しました。
7. 実例: 損失回避の罠を克服したK社
次は、損失回避の罠から脱却した成功例です。
背景
K社は、大阪府の中小派遣会社(従業員8名)です。
長年の取引先L社がありましたが、利益率が2%と極めて低い状況でした。
しかし、L社は売上の30%を占める大口顧客だったため、社長は契約を切ることができませんでした。
問題
社長は、こう考えていました。
「L社を失ったら、売上が30%減る。それは耐えられない」(損失回避)
「L社との関係を切ったら、他の顧客にも悪い印象を与えるかもしれない」(過度な心配)
「L社は長年の取引先だから、いつか条件が改善されるかもしれない」(楽観バイアス)
しかし、冷静に考えれば(システム2)、利益率2%の案件に時間を取られることで、新規開拓の機会を失っていました。
転機
社長は、カーネマンの「損失回避」の理論を学び、こう気づきました。
「自分は、L社を失う損失ばかり考えている。しかし、L社との取引を続けることで失っている機会(新規開拓の時間)を考えていない」
実行したこと
K社は、以下の3つを実施しました。
施策1: データで現状を可視化
L社との取引に、どれだけの時間とコストがかかっているかを計算しました。
結果を見てみましょう。
・売上: 年間3,000万円 ・コスト(派遣スタッフの給与、社会保険、管理コスト): 年間2,940万円
・利益: 年間60万円(利益率2%)
・担当者の稼働時間: 年間500時間
これを、営業マン1人の人件費(年間500万円)と比較しました。
500時間を新規開拓に使えば、利益率8%の案件を年間1,500万円受注できる可能性がある。その場合、利益は120万円。
つまり、L社を続けることで、60万円の機会損失が発生していました。
施策2: フレーミングを変える
「L社を失う」(損失)ではなく、「L社との取引を最適化し、より良い顧客を獲得する」(機会)と捉え直しました。
施策3: 段階的な交渉
いきなり契約を切るのではなく、L社に条件改善を交渉しました。
「現在の条件では、継続が難しい状況です。派遣料金を10%上げていただけないでしょうか? もし難しい場合、段階的に案件数を減らしていくことになります」
L社は、最初は難色を示しましたが、K社が本気だと分かると、5%の値上げを受け入れました。
それでも利益率は4%でしたが、交渉を通じて、「自分たちは主体的に判断できる」という自信を得ました。
その後、K社は新規開拓に注力し、1年で利益率8%以上の顧客を3社獲得しました。
結果(1年半後)
以下の成果が出ました。
・L社の売上比率が30%から15%に低下(意図的に減らした)
・新規顧客3社により、全体の売上は逆に10%増加
・利益率が平均3%から6%に改善
・営業マンの士気が向上(「やりがいのある案件が増えた」)
なぜ成功したのか?
カーネマンの「損失回避」の罠を認識し、フレーミングを変えたからです。
損失ではなく、機会として捉え直すことで、冷静な判断ができました。
8. システム2を鍛える5つの実践法
カーネマンの理論を踏まえ、人材派遣会社の経営者が実践できる方法をまとめます。
実践法1: 重要な判断は、一晩寝てから決める
システム1(直感)は、瞬時に答えを出します。
しかし、それは正しいとは限りません。
重要な判断(大口顧客との契約、新規事業への投資、社員の採用など)は、即決せず、一晩寝てから決めましょう。
翌日、冷静に考え直すと、違う答えが見えることがあります。
実践法2: 「なぜ?」を3回繰り返す
直感で判断した後、「なぜそう思ったのか?」を3回自問します。
例を挙げます。
「この派遣スタッフは、派遣先に合いそうだ」 →なぜ? 「明るい性格だから」 →なぜ明るい性格だと合うのか? 「派遣先も明るい雰囲気だから」 →本当に明るい性格が重要なのか? 「実は、派遣先が求めているのは、正確な作業能力かもしれない」
このように、直感の根拠を掘り下げることで、思い込みに気づけます。
実践法3: データを記録し、検証する
直感や予測を、記録に残します。
そして、数か月後、実際の結果と比較します。
「この案件はうまくいくと思った」→実際は? 「この派遣スタッフは長く働くと思った」→実際は?
自分の判断の精度を知ることで、改善できます。
実践法4: 他人の意見を聞く
自分一人で判断せず、他のスタッフの意見を聞きます。
ただし、意見を聞く順番が重要です。
悪い例を挙げます。
社長が「私はこう思う」と先に言ってから、スタッフに意見を聞く。
すると、スタッフは社長の意見に引きずられます(アンカリング効果)。
良い例です。
社長は意見を言わず、まずスタッフ全員に「あなたはどう思う?」と聞く。
その後、社長が自分の意見を言う。
これにより、多様な視点が得られます。
実践法5: プレモーテム(事前検死)
新しい施策を始める前に、「もしこれが失敗したとしたら、原因は何だろう?」と考えます。
例を挙げます。
「新しい業界に進出する」という判断をしたとします。
プレモーテムでは、「1年後、この進出は失敗した。なぜだろう?」と想像します。
「市場調査が不十分だった」 「既存顧客のフォローがおろそかになった」 「専門知識が足りなかった」
失敗の原因を事前に想像することで、それを回避する対策を立てられます。
9. 「遅く考える」ことの価値
カーネマン教授は、こう言っています。
「システム1は速くて便利だが、間違いも多い。システム2は遅くて疲れるが、正確だ」
人材派遣業界は、スピードが求められる業界です。
派遣先企業から「明日から人が欲しい」と言われれば、すぐに対応しなければなりません。
しかし、すべての判断をシステム1(速い思考)で行っていると、間違いが積み重なります。
重要な判断(戦略、採用基準、大口顧客との契約など)は、システム2(遅い思考)で、じっくり考えましょう。
「遅く考える」ことが、長期的には、最も速く成功する道です。
10. まとめ
ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」は、人材派遣業の意思決定に多くの示唆を与えます。
人間の脳には、2つの思考システムがあります。
システム1は、速い思考。直感的で、自動的で、感情的。しかし、多くのバイアス(思考の歪み)を持っています。
システム2は、遅い思考。論理的で、慎重で、意識的。疲れるし、時間がかかりますが、正確です。
私たちは、ほとんどの判断をシステム1で行っています。
だから、間違えます。
生き残るために、システム2を意識的に使いましょう。
今日から、以下を実践してください。
- 重要な判断は、一晩寝てから決める
- 「なぜ?」を3回繰り返す
- データを記録し、検証する
- 他人の意見を聞く(ただし、アンカリングに注意)
- プレモーテム(事前検死)で、失敗を想像する
速く考えることも大切です。しかし、遅く考えることは、もっと大切です。
システム2を鍛えた経営者が、勝ちます。
参考文献
日本人材派遣協会「派遣業界統計」(2024年版)
Kahneman, D. (2011). "Thinking, Fast and Slow" Farrar, Straus and Giroux.
邦訳: ダニエル・カーネマン著、村井章子訳『ファスト&スロー(上・下)』早川書房、2012年
厚生労働省「派遣労働者実態調査」(2024年度)
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投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。
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