トム・ピーターズ、ロバート・ウォーターマン著「エクセレント・カンパニー」に学ぶ人材派遣業の超優良企業化戦略
労働者派遣事業の許可取得において、厚生労働省が定める財産的基礎要件を満たすことは最低限の条件です。しかし、真に優れた人材派遣会社への進化を目指すなら、1980年代に経営学の世界に革命を起こした名著「In Search of Excellence(エクセレント・カンパニー)」の原則が、今なお強力な指針となります。
マッキンゼー出身の経営コンサルタント、トム・ピーターズとロバート・H・ウォーターマン・ジュニアは、IBMやヒューレット・パッカード、3Mなど43社の超優良企業を徹底調査し、1982年に「超優良企業の8つの基本原則」を発表しました。本書は全世界で600万部以上を売り上げ、大前研一氏の翻訳で日本でも経営者のバイブルとなりました。
人材派遣業界における経営課題の本質
人材派遣業界は現在、深刻な構造的課題に直面しています。NTTコム オンラインが2022年10月に実施した人材派遣業界のNPSベンチマーク調査によれば、派遣先企業の顧客満足度は業界全体で改善の余地が大きいことが明らかになっています。
さらに、アデコ株式会社の調査では、派遣社員の指揮命令者の88.5%が「組織文化のミスマッチに起因する早期離職」を課題と認識しており、1年間で一部署あたり平均5.8人が組織文化のミスマッチを理由に早期離職しています。この早期離職により失われる想定コストは、日本全体で年間9兆464億円に達するという試算もあります。
こうした課題に対し、エクセレント・カンパニーの原則は、財務健全性だけでなく、組織の本質的な卓越性を追求する道筋を示しています。
エクセレント・カンパニーの8つの基本原則と人材派遣業への応用
原則1 行動の重視(A Bias for Action)
ピーターズとウォーターマンは「行動の重視」を8つの原則の中で最も重要と位置づけました。超優良企業は「まず試してみる」という姿勢を組織全体に浸透させ、分析麻痺に陥ることなく迅速に行動します。
人材派遣業での実践例として、ある中堅派遣会社では「24時間以内に派遣先企業へ候補者を提案する」という行動基準を設定しました。従来は完璧な候補者を探すために数日かけていましたが、まず3名の候補者を迅速に提案し、派遣先企業の反応を見ながら調整するスタイルに変更したのです。
この変革により、派遣先企業からの評価が「対応が早く信頼できる」と向上し、成約率が従来の42%から61%に改善しました。行動重視の文化は、スピードが競争優位性を左右する人材派遣業において、極めて重要な原則です。
原則2 顧客に密着する(Close to the Customer)
エクセレント・カンパニーは顧客から学び、品質、信頼性、サービスを徹底的に追求します。目先の収益よりも長期的な顧客との関係構築を優先し、顧客の声を組織運営の中心に据えます。
人材派遣業における顧客は二重構造です。派遣先企業(クライアント企業)と派遣スタッフの両方が顧客であり、双方への密着が求められます。
ある地域密着型派遣会社では、営業担当者に「派遣先企業への月2回の定期訪問」を義務化しました。単なる営業訪問ではなく、派遣スタッフの就業状況、派遣先部署の雰囲気、今後の人材ニーズを詳細にヒアリングする機会としました。この訪問で得た情報は社内データベースに蓄積され、マッチング精度の向上に活用されています。
同時に、派遣スタッフに対しても就業開始から1週間、1ヶ月、3ヶ月のタイミングで必ずコーディネーターが面談を実施し、「困っていることはないか」「職場の雰囲気はどうか」「スキルアップの希望はあるか」を丁寧に聞き取ります。
この顧客密着戦略により、派遣先企業の継続取引率が85%から92%に向上し、派遣スタッフの6ヶ月定着率も70%から83%に改善しました。
原則3 自主性と企業家精神(Autonomy and Entrepreneurship)
超優良企業は、組織内に多数のリーダーとイノベーターを育成し、失敗を容認する文化を持っています。社員に実験を奨励し、リスクテイクを支援します。
人材派遣業では、営業担当者とコーディネーターの自主性が業績に直結します。ある派遣会社では「新規サービス提案制度」を導入し、現場社員からの提案を四半期ごとに募集しています。
実際に採用された提案の例として、「派遣スタッフ向けオンラインスキルアップ講座」があります。提案した若手コーディネーターは、派遣スタッフから「もっとスキルを高めたい」という声を多く聞いていました。会社は予算とリソースを配分し、この提案を実現させました。
開始から6ヶ月で延べ320名の派遣スタッフが受講し、受講者の平均時給が8%上昇、派遣会社の売上も増加しました。提案した社員は社内表彰を受け、他の社員の士気も向上しました。
原則4 人を通じての生産性向上(Productivity Through People)
ピーターズとウォーターマンは、超優良企業の最大の資産は「人」であり、従業員を尊重し信頼することが生産性向上の鍵だと指摘しました。
人材派遣業において、営業担当者とコーディネーターの能力が企業の競争力を決定します。厚生労働省の資料でも、派遣元の社員に対するキャリアコンサルティング研修の重要性が強調されています。
ある派遣会社では、全営業担当者とコーディネーターに対し、キャリアコンサルタント資格取得を支援する制度を導入しました。資格取得費用を会社が全額負担し、勤務時間内の学習も認めました。
3年間で社員の60%がキャリアコンサルタント資格を取得し、派遣スタッフとの面談の質が劇的に向上しました。派遣スタッフからは「親身に相談に乗ってくれる」「自分のキャリアを真剣に考えてくれる」という評価が増え、紹介経由の新規登録者が40%増加しました。
また、社員の離職率も年間15%から9%に低下し、経験豊富な担当者の定着が顧客満足度向上につながりました。
原則5 価値観に基づく実践(Hands-on, Value-Driven)
超優良企業は、明確な価値観を持ち、経営陣自らがその価値観を体現します。理念を掲げるだけでなく、日々の行動で示すことで組織文化を形成します。
ある人材派遣会社の代表取締役は、「派遣スタッフのキャリア形成を最優先する」という価値観を掲げました。しかし、掲げるだけでは現場は変わりません。
代表自身が月に1回、派遣スタッフとの直接面談の機会を設け、20名以上の派遣スタッフと対話しました。スタッフの悩みや希望を直接聞き、必要な支援を即座に指示します。この姿勢は社内に大きな影響を与え、管理職層も同様の行動を取るようになりました。
さらに、営業担当者の評価制度を抜本的に見直し、「成約件数」だけでなく「派遣スタッフの3ヶ月定着率」「派遣先企業からの満足度評価」「派遣スタッフのスキルアップ実績」を評価指標に加えました。
この価値観主導の経営により、短期的な売上志向から長期的な関係構築へと組織文化が変容し、結果として売上も年平均18%成長を3年間継続しました。
原則6 基軸から離れない(Stick to the Knitting)
超優良企業は、自社が最も得意とする事業領域に集中し、安易に多角化しません。コア・コンピタンスを深掘りすることで競争優位性を確立します。
人材派遣業では、「あらゆる業種・職種に対応する」という総合化戦略と、「特定業種・職種に特化する」という専門化戦略があります。エクセレント・カンパニーの原則は後者を推奨します。
実際、医療・介護分野に特化した派遣会社は、医療機関との深い関係構築と医療専門職への理解により、一般的な派遣会社が参入できない高い参入障壁を築いています。IT技術者専門の派遣会社も、技術トレンドへの深い理解とエンジニアコミュニティとの関係により、高単価案件を獲得しています。
ある製造業特化型派遣会社は、製造現場の安全衛生教育を自社で提供する体制を構築しました。派遣スタッフ全員にフォークリフトや玉掛けなどの資格取得を支援し、製造業における高度なスキルを持つ人材プールを形成しました。
この専門化戦略により、派遣先企業からは「製造業のことを本当に理解している派遣会社」と評価され、競合との差別化に成功しました。派遣料金も一般派遣会社より15%高い水準を維持していますが、顧客の継続率は95%を超えています。
原則7 単純な組織・小さな本社(Simple Form, Lean Staff)
超優良企業は、階層を減らし、本社機能を最小限に抑えます。権限を現場に委譲し、意思決定を迅速化します。
人材派遣業において、意思決定のスピードは競争優位性に直結します。ある派遣会社では、従来は本社の承認が必要だった以下の事項を、支店長・営業所長の権限に委譲しました。
- 派遣料金の10%以内の値引き決定
- 派遣スタッフの時給設定(社内基準の範囲内)
- 新規取引先との契約締結(与信調査後)
- 5万円以内の営業経費支出
この権限委譲により、派遣先企業からの問い合わせへの回答スピードが劇的に向上しました。「見積もりに3日かかる」状況から「その場で回答できる」状況に変わり、成約率が大幅に改善しました。
また、本社部門の人員を削減し、その分を現場の営業担当者とコーディネーターに再配置しました。管理業務はITシステムで効率化し、人は顧客接点に集中投下する戦略です。
原則8 厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ(Simultaneous Loose-Tight Properties)
超優良企業は、コア・バリューについては厳格である一方、実行方法については柔軟性を持ちます。統制と自由のバランスを巧みに取ります。
人材派遣業での実践例として、ある派遣会社では以下のような「厳格な部分」と「柔軟な部分」を明確に定義しました。
厳格な部分(Tight)
- 派遣スタッフの就業初日には必ず担当者が同行する
- 就業開始から1週間以内に電話フォローを行う
- 派遣先企業への月次報告は必ず実施する
- コンプライアンス違反は絶対に許容しない
柔軟な部分(Loose)
- 営業活動の方法は各担当者の創意工夫に任せる
- 派遣スタッフのフォロー方法は個別に最適化する
- 勤務時間の調整は業務に支障がない範囲で認める
- 新しいサービスの提案は自由に行える
この「厳しさと緩やかさの両立」により、品質を保ちながらイノベーションを促進する組織文化が形成されました。
労働者派遣事業許可とエクセレント・カンパニー原則の統合
労働者派遣事業の許可申請において、公認会計士による監査証明が必要となる場合があります。基準資産額が2,000万円(事業所数に応じて増加)、負債総額の7分の1以上の基準資産額、自己名義の現金・預金1,500万円(事業所数に応じて増加)という財産的基礎要件を、年次決算で満たさない場合、公認会計士または監査法人による「監査証明」を受けた中間決算または月次決算により確認してもらうことができます。
この監査証明取得のプロセスは、単なる法的要件の充足ではなく、エクセレント・カンパニーの原則を組織に実装する絶好の機会です。
公認会計士との対話を通じて、以下の問いを組織内で議論することができます。
- 顧客(派遣先企業と派遣スタッフ)への投資は適切か(原則2)
- 社員の能力開発への投資は十分か(原則4)
- 意思決定プロセスは迅速か、権限委譲は進んでいるか(原則7)
- コア事業への集中ができているか、無駄な多角化をしていないか(原則6)
財務健全性と組織の卓越性は表裏一体です。公認会計士による監査を、エクセレント・カンパニーへの進化の契機として活用することが、持続的成長の鍵となります。
実践のためのアクションプラン
エクセレント・カンパニーの原則を人材派遣業で実践するための具体的なステップを提示します。
ステップ1 現状診断(3ヶ月) 8つの原則それぞれについて、自社の現状を客観的に評価します。外部の公認会計士や経営コンサルタントと協力し、組織診断を実施します。
ステップ2 優先順位の設定(1ヶ月) 8つの原則のうち、自社にとって最も重要で、最も改善余地が大きい3つの原則を特定します。すべてを同時に改革するのではなく、集中的に取り組みます。
ステップ3 パイロット実施(6ヶ月) 選定した原則を、特定の支店や部門で試験的に実施します。失敗を許容する文化のもと、実験と学習を繰り返します。
ステップ4 全社展開(1年) パイロットで得た知見を活かし、成功した施策を全社に展開します。各支店の特性に応じてカスタマイズし、現場主導で実装を進めます。
ステップ5 継続的改善(継続) エクセレント・カンパニーへの進化は一度の改革では完結しません。定期的に8つの原則に照らして自社を評価し、継続的に改善を続けます。
まとめ 持続的な競争優位性の確立に向けて
トム・ピーターズとロバート・ウォーターマンが1982年に発表した「エクセレント・カンパニー」の8つの原則は、40年以上を経た今日でも、人材派遣業の経営に強力な示唆を与えます。
労働者派遣事業の許可取得は出発点に過ぎません。財務的健全性を維持しながら、行動重視、顧客密着、自主性の尊重、人材育成、価値観主導、事業集中、組織の簡素化、厳しさと柔軟性の両立という原則を実践することで、真の超優良企業へと進化できます。
公認会計士による監査証明の取得を、財務面だけでなく組織の卓越性を見直す機会として活用し、エクセレント・カンパニーの原則を実装することで、人材派遣業における持続的な競争優位性を確立できます。
当事務所は、労働者派遣事業の許可申請・更新に必要な監査証明の提供にとどまらず、エクセレント・カンパニーの原則に基づく組織診断と経営助言を通じて、皆様の事業の超優良企業化を支援いたします。
[出典]
日本経済新聞出版「エクセレント・カンパニー超優良企業8つの基準」2022年11月
トム・ピーターズ、ロバート・ウォーターマン著、大前研一訳「エクセレント・カンパニー」英治出版
厚生労働省「労働者派遣事業許可申請に関するよくあるご質問」
NTTコム オンライン「人材派遣業界を対象とした顧客企業向け(BtoB)のNPSベンチマーク調査2022」2022年10月
アデコ株式会社「派遣社員の早期離職に関する調査」2024年2月
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投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。
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