労働者派遣事業におけるジョブデザインの重要性とエンゲージメント向上戦略
人材派遣会社のM&Aのためのデューディリジェンスをお引き受けすることが時々あります。デューディリジェンスに際して事業の持続可能性を評価する際に重視されるのが、派遣スタッフの定着率とエンゲージメントです。愛知大学の榁田智子氏と杉浦裕晃教授による共同研究「日本企業におけるジョブデザインの課題」(愛知大学経済論集第187号、2011年)では、仕事の設計と従業員の満足度の関係が詳細に分析されています。この研究知見は、派遣事業における業務配置戦略を根本から見直す重要な視点を提供しています。
ジョブデザインとは何か
ジョブデザインとは、従業員が担当する業務の内容や範囲、方法を設計することを指します。単に作業を割り振るだけでなく、仕事を通じた成長機会やモチベーション向上を考慮した戦略的な設計が求められます。
榁田・杉浦研究では、ジョブデザインが従業員の満足度、モチベーション、そして組織へのコミットメントに直接影響することが示されています。特に派遣労働においては、業務の設計次第で派遣スタッフのキャリア形成と能力開発が大きく左右されます。
従来の派遣業務設計における課題
単純労働力提供モデルの限界
多くの派遣事業者は、クライアント企業のニーズに応じて「労働力を提供する」という発想で業務を設計してきました。このアプローチでは以下のような問題が生じます。
派遣スタッフにとって単調で反復的な作業が中心となり、スキル向上の機会が限定されます。結果として、派遣スタッフは自身のキャリア展望を描けず、モチベーションが低下し、離職率が高まる悪循環に陥ります。
エンゲージメント不足がもたらす経営リスク
派遣スタッフのエンゲージメントが低い状態は、派遣事業者にとって深刻な経営リスクとなります。優秀な人材の流出、クライアント企業からの評価低下、そして労働者派遣事業許可の更新時における審査での懸念材料となる可能性があります。
ジョブデザイン理論を活用した業務配置戦略
スキル向上を組み込んだ業務設計
榁田・杉浦研究が示唆するように、派遣業務の設計においては、スキル向上の機会を意図的に組み込むことが重要です。具体的には次のような戦略が考えられます。
初期段階では基本的な業務を担当してもらいながら、段階的に難易度の高い業務や専門性の高い業務へと移行できる業務設計を行います。この「スキルラダー」の考え方により、派遣スタッフは自身の成長を実感でき、将来への期待を持つことができます。
キャリア形成を意識した業務配置
単発的な業務割り当てではなく、中長期的なキャリア形成を視野に入れた業務配置が効果的です。派遣スタッフ一人ひとりのキャリア目標をヒアリングし、その目標達成につながる業務経験を提供することで、エンゲージメントは飛躍的に向上します。
例えば、将来的に人事分野でのキャリアを目指す派遣スタッフには、採用アシスタント業務から始めて、段階的に研修企画や人材育成業務へと範囲を広げていく設計が考えられます。
ジョブ・クラフティングの概念と派遣業務への応用
ジョブ・クラフティングとは
ジョブ・クラフティングとは、従業員が主体的に自分の仕事を再定義し、より意味のあるものに変えていく行動を指します。榁田・杉浦研究でも言及されているこの概念は、派遣スタッフのエンゲージメント向上に極めて有効です。
ジョブ・クラフティングには3つの観点があります。
作業クラフティングでは、業務の内容や範囲、方法を調整します。人間関係クラフティングでは、職場での人間関係を主体的に構築します。認知クラフティングでは、仕事の意味づけや捉え方を変えます。
派遣スタッフによるジョブ・クラフティングの促進
派遣事業者は、派遣スタッフがジョブ・クラフティングを実践できる環境を整えることが重要です。定期的な面談を通じて、派遣スタッフが現在の業務に対してどのような改善アイデアを持っているかを聞き取り、可能な範囲で実現をサポートします。
クライアント企業との調整を行い、派遣スタッフが業務の進め方について一定の裁量を持てるように働きかけることも効果的です。派遣スタッフが「指示されたことをこなすだけ」の状態から、「自分で考え工夫できる」状態へと移行することで、仕事への満足度とエンゲージメントが高まります。
エンゲージメント向上のための具体的施策
業務の意味づけと全体像の共有
派遣スタッフのエンゲージメントを高めるには、担当業務がクライアント企業のビジネスにどのように貢献しているかを明確に伝えることが重要です。榁田・杉浦研究でも、仕事の意味理解が満足度に直結することが示されています。
定期的なフィードバックセッションを設け、派遣スタッフの業務がもたらした成果や影響を具体的に伝えます。自分の仕事が価値を生み出していることを実感できることで、モチベーションが持続します。
多様な業務経験の機会提供
一つのクライアント企業での単一業務に固定するのではなく、複数のクライアント企業での業務経験や、同じクライアント内でも異なる部署での業務経験を提供することが効果的です。
多様な業務経験は派遣スタッフのスキルセットを豊かにし、市場価値を高めることにつながります。また、様々な職場環境や業務スタイルを経験することで、自身に最適なキャリアパスを見出すことができます。
スキル開発プログラムの提供
派遣事業者主導で、業務に関連するスキル開発プログラムを提供することも有効です。オンライン学習プラットフォームの利用機会提供、資格取得支援、社内研修の実施などが考えられます。
派遣スタッフが自身の能力向上に投資してくれる派遣事業者に対して、高いロイヤルティを持つことは、多くの調査で確認されています。
公認会計士事務所が提供できるサポート
労働者派遣事業許可申請における評価ポイント
人材派遣会社のデューディリジェンスを担当する公認会計士事務所は、ジョブデザインとエンゲージメント向上の取り組みを適切に評価し、報告書に反映させることができます。
派遣スタッフの定着率、スキル開発プログラムの実施状況、キャリアパス制度の整備状況などは、事業の健全性と持続可能性を示す重要な指標となります。これらを定量的・定性的に示すことで、DDレポートにおける説得力が高まります。
継続的な事業改善のための助言
継続的な事業運営においても、公認会計士事務所は客観的な視点から助言を提供できます。派遣スタッフのエンゲージメント調査の設計、業務配置戦略の効果測定、改善施策の立案など、データに基づいた意思決定をサポートします。
榁田・杉浦研究をはじめとする労働経済学の知見を活用することで、単なる法令遵守にとどまらない、競争力のある派遣事業の構築が可能となります。
まとめ
労働者派遣事業におけるジョブデザインは、派遣スタッフのエンゲージメントと事業の持続可能性を左右する重要な要素です。榁田智子氏と杉浦裕晃教授の研究が示すように、仕事の設計次第で従業員の満足度とモチベーションは大きく変化します。
単なる労働力提供にとどまらず、スキル向上とキャリア形成につながる業務配置を行うことで、派遣スタッフのエンゲージメントは飛躍的に向上します。ジョブ・クラフティングの概念を取り入れ、派遣スタッフが主体的に仕事の意味を見出せる環境を整えることが、現代の派遣事業者に求められています。
公認会計士事務所は、DDを通じて、こうした取り組みを適切に評価し、事業の健全性を示すサポートを提供できます。労働経済学の知見を活用した戦略的なジョブデザインにより、派遣スタッフと派遣事業者の双方にとって価値のある事業運営が実現します。
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投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。
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