プロフェッショナルマネジャーが示す人材派遣会社の数字経営:58四半期連続増益を支えた「事実」と「実行」の原則

ハロルド・ジェニーン(1910-1997年)は、ITT(International Telephone and Telegraph Corporation)のCEOとして1959年から1977年まで在任し、58四半期(約14年半)連続増益という前人未到の記録を達成した経営者です。彼の著書『プロフェッショナルマネジャー』(原題: Managing、1984年刊行、共著者アルヴィン・モスコー)は、理論ではなく実践に基づく経営哲学を体系化した古典的名著として、世界中の経営者に読み継がれています。

人材派遣業界は、2021年度の市場規模が8兆2,336億円(前年度比7.6%増)に達し、労働市場の重要なインフラとして機能しています(厚生労働省「労働者派遣事業報告書」2023年公表)。しかし、労働者派遣法に基づく厳格な許可要件(基準資産額2,000万円以上、現金預金1,500万円以上、負債比率7分の1以下など)を満たし続け、かつ持続的な利益成長を実現するためには、ジェニーンが実践した「事実に基づく経営」と「実行」の原則が不可欠です。

本稿では、『プロフェッショナルマネジャー』の核心的な経営原則を人材派遣会社の実務に応用し、派遣会社経営者にとって有益な具体的指針を提示します。


1. 「事実」と「見解」の峻別:派遣事業における数字の本質

ジェニーンは、「事実」と「見解」を厳格に区別することを経営の大前提としました。彼は著書の中で次のように述べています。

「事実とは、数字だけではない。数字の背後にある意味、つまり何が起きているのかという真実を理解することが重要だ。多くの経営者は、数字を見ているつもりで、実は自分の見解や希望的観測に基づいて判断している」

人材派遣会社において、「事実」を把握するために必要な数値指標(KPI)には以下が含まれます。

派遣事業の主要KPI

  • 稼働率:登録スタッフのうち実際に派遣就業している比率
  • 成約率(決定率):求人案件に対して実際にマッチング成立した比率
  • 定着率:派遣スタッフの継続就業率(3か月、6か月、1年単位で計測)
  • 粗利益率(マージン率):派遣料金に対する粗利益の割合
  • 派遣スタッフ一人当たり粗利益:効率性を示す指標
  • 求人獲得数:営業活動の成果指標
  • 内定承諾率:候補者の納得度を示す指標

これらの数値は、単に「見る」だけでは不十分です。ジェニーンの教えに従えば、経営者は各数値の「背後にある真実」を理解しなければなりません。

例えば、稼働率が前月比で5ポイント低下した場合、その「事実」の背後には以下のような可能性があります。

  • クライアント企業の業績悪化による派遣契約の終了
  • 競合他社への派遣スタッフの流出
  • 派遣スタッフの満足度低下による離職増加
  • 営業担当者のマッチング精度低下
  • 季節的要因(年末年始、夏季休暇など)

経営者は、数字そのものだけでなく、現場に赴き、営業担当者や派遣スタッフとの対話を通じて、「なぜその数字が生じたのか」を徹底的に検証する必要があります。これが、ジェニーンの言う「事実」の把握です。


2. 経営=実行:理論ではなく行動が結果を生む

ジェニーンは、「ビジネスはもちろん、他のどんなものでも、理論(セオリー)なんかで経営できるものではない」と断言しました。彼の経営哲学の核心は「経営=実行」という単純明快な原則です。

人材派遣会社において、「実行」とは以下の具体的な行動を意味します。

実行の具体例

  1. 日次・週次での営業会議開催:KPIの進捗を確認し、問題があれば即座に対策を講じる
  2. 現場訪問の徹底:派遣先企業や派遣スタッフの声を直接聞き、課題を肌で感じる
  3. 迅速な意思決定:問題が発覚した時点で、24時間以内に対応方針を決定し実行に移す
  4. 法令遵守の徹底:労働者派遣法、労働基準法、労働安全衛生法などの遵守状況を日常的に点検する
  5. 財務管理の日常化:月次決算を迅速に締め、キャッシュフロー、基準資産額、負債比率を毎月確認する

特に、労働者派遣事業の許可要件である「基準資産額2,000万円以上」「現金預金1,500万円以上」「負債比率7分の1以下」は、許可更新時に審査されます。

したがって、財務状況をモニタリングし、要件を下回るリスクを事前に察知して対策を講じる「実行」が求められます。


3. 「見えざる資産」の構築:数字に表れない企業価値

ジェニーンは、バランスシート(貸借対照表)に計上されない「見えざる資産」の重要性を強調しました。これには、以下が含まれます。

  • 経営陣と従業員の質と能力
  • 企業文化と組織の士気
  • 顧客との信頼関係
  • 市場における評判とブランド力
  • 迅速かつ正確な意思決定を支える情報システム

人材派遣会社において、「見えざる資産」は以下のような形で現れます。

派遣会社の見えざる資産

  • 派遣スタッフとの信頼関係:高い定着率、派遣スタッフからの紹介による新規登録増加
  • クライアント企業からの評価:リピート受注率、紹介による新規顧客獲得
  • 派遣元責任者の能力:法令遵守、迅速なトラブル対応、派遣スタッフのキャリア支援
  • 営業担当者のマッチング精度:成約率の高さ、クレーム発生率の低さ
  • 教育訓練体制:2015年労働者派遣法改正で義務化された派遣スタッフへの計画的な教育訓練の質
  • 社内情報システム:派遣スタッフの管理、勤怠管理、給与計算、契約管理の効率性

これらの「見えざる資産」を構築するためには、短期的な利益最大化ではなく、長期的な投資が必要です。ジェニーンは、ITT在任中、従業員教育、情報システム整備、組織文化の醸成に惜しみなく投資し、それが58四半期連続増益という驚異的な結果を支えました。


4. 「正直な数字」の重要性:粉飾なき経営報告

ジェニーンは、組織内での「正直な数字」の報告を徹底しました。彼は、部下が上司に対して都合の良い数字を報告することを最も嫌いました。彼の言葉を借りれば、「問題を隠すことは、病気の症状を隠すことと同じである。早期発見、早期治療が企業を救う」のです。

人材派遣会社において、「正直な数字」を報告する文化を築くためには、以下の施策が有効です。

正直な数字を促す組織文化

  1. 問題報告を奨励する:悪い数字を報告した社員を叱責せず、むしろ早期発見を評価する
  2. 公認会計士による監査・合意された手続の活用:外部専門家による客観的な財務状況の検証
  3. 月次決算の迅速化:決算を翌月10日までに完了させ、経営判断に活用する
  4. KPIダッシュボードの導入:全社員が主要KPIをリアルタイムで確認できる仕組み
  5. 内部監査制度の整備:法令遵守、契約管理、勤怠管理の適正性を定期的に点検

公認会計士による監査は、「正直な数字」を担保するための重要な仕組みです。これらは単なる法的要件の充足手段ではなく、経営者自身が「事実」を正確に把握し、適切な意思決定を下すための基盤となります。


5. 「起業家精神は不要」:大企業経営と中小企業経営の違い

ジェニーンは、「ITTのような大企業の経営には起業家精神は必要ない」と断言しました。これは一見、逆説的に聞こえますが、彼の真意は以下の通りです。

起業家精神とは、大きなリスクを取って一発逆転を狙う姿勢を指します。しかし、すでに多くの従業員、顧客、資産を抱える大企業において、経営者が無謀な賭けに出ることは許されません。大企業の経営者に求められるのは、「事実に基づく冷静な判断」と「着実な実行」です。

一方、中小規模の人材派遣会社においては、起業家精神が重要な局面も存在します。特に、以下のような場面では、リスクを取った挑戦が成長のカギとなります。

  • 新しい業種・職種への派遣事業進出
  • 地方拠点の新設
  • デジタル技術(AI、クラウドシステム)への投資
  • 外国人材の受入れ・技能実習生の紹介

ただし、こうした挑戦は「見切り発車」ではなく、ジェニーンの原則に従い「事実に基づく判断」と「計画的な実行」を伴うべきです。例えば、新しい業種への進出を検討する際には、以下の手順を踏みます。

  1. 市場調査:対象業種の労働市場規模、競合状況、求人動向を数値で把握
  2. 試行実施:小規模なパイロットプロジェクトで実現可能性を検証
  3. 財務影響評価:初期投資額、損益分岐点、キャッシュフローへの影響を試算
  4. リスク管理:失敗した場合の撤退基準を事前に設定

6. 人材派遣会社における「プロフェッショナルマネジャー」の実践例

ジェニーンの原則を実際の人材派遣会社経営に応用した実践例を以下に示します。

事例1:月次KPI会議の徹底

ある人材派遣会社では、毎月第1営業日に全営業担当者が参加するKPI会議を実施しています。会議では、稼働率、成約率、定着率、粗利益率などの主要KPIを前月実績と予算目標と比較し、差異が生じた項目については担当者が「事実」を報告します。経営者は、その場で対策を指示し、翌週までに実行結果を報告させます。この仕組みにより、問題の早期発見と迅速な対応が可能となり、過去3年間で稼働率が75%から85%に向上しました。

事例2:公認会計士との連携による財務管理強化

別の人材派遣会社では、毎月の月次決算を公認会計士事務所と連携して実施しています。特に、労働者派遣事業の許可要件である基準資産額、現金預金、負債比率を毎月モニタリングし、要件を下回るリスクが生じた場合には、増資、借入返済、不採算事業の見直しなどの対策を即座に講じる体制を構築しています。この結果、許可更新時に慌てることなく、常に安定した財務基盤を維持しています。

事例3:派遣スタッフ教育訓練の体系化

2015年の労働者派遣法改正により、派遣会社には派遣スタッフに対する計画的な教育訓練が義務付けられました。ある派遣会社では、ジェニーンの「見えざる資産」構築の考え方を応用し、派遣スタッフのキャリアアップを支援する独自の教育プログラムを開発しました。具体的には、ビジネスマナー、Excel・Word操作、業界別専門知識などのカリキュラムを用意し、派遣スタッフが無料で受講できる仕組みを整えました。この取り組みにより、派遣スタッフの定着率が向上し、クライアント企業からの評価も高まり、リピート受注率が60%から75%に改善しました。


7. 公認会計士の役割:「事実」を支える専門家

ジェニーンの経営哲学において、「事実に基づく経営」は絶対的な前提条件です。そして、その「事実」を客観的に検証する役割を担うのが、公認会計士です。

労働者派遣事業の許可申請・更新において、公認会計士による監査や合意された手続は、財産的基礎要件の充足を証明するための手段として用いられます。しかし、その価値は法的要件の充足にとどまりません。

公認会計士は、以下の点で人材派遣会社の経営者を支援します。

  1. 財務諸表の正確性の担保:貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書の適正性を検証
  2. 経営判断のための情報提供:収益性、安全性、成長性などの財務分析結果を経営者に報告
  3. 内部統制の整備支援:会計処理、勤怠管理、契約管理などの業務プロセスの適正性を評価
  4. 税務リスクの管理:税務申告の適正性を確保し、税務調査リスクを低減
  5. 資金調達支援:金融機関からの融資や増資の際に、信頼性の高い財務情報を提供

当公認会計士事務所では、労働者派遣事業の許可申請・更新に関する監査および合意された手続を提供しております。また、「監査・合意された手続を経ずに許可を取得する方法」についても無料相談を実施しており、各企業の状況に応じた最短かつ最も費用対効果の高い解決策を提案しています。


おわりに

ハロルド・ジェニーンの『プロフェッショナルマネジャー』は、理論ではなく実践に基づく経営哲学を示した名著です。彼が達成した58四半期連続増益という記録は、「事実に基づく経営」「実行」「正直な数字」「見えざる資産の構築」という原則を徹底した結果です。

人材派遣会社の経営者にとって、ジェニーンの教えは以下の点で極めて有益です。

  • 労働者派遣事業の許可要件(基準資産額2,000万円以上、現金預金1,500万円以上など)を常に満たすための財務管理
  • KPI(稼働率、成約率、定着率、粗利益率など)の日常的なモニタリングと迅速な対策
  • 派遣スタッフとクライアント企業との信頼関係という「見えざる資産」の構築
  • 公認会計士などの外部専門家を活用した「正直な数字」の確保

持続的な成長を実現するためには、セオリーや希望的観測ではなく、「事実」を直視し、「実行」を徹底することが不可欠です。当公認会計士事務所は、人材派遣会社の経営者がジェニーンの原則を実践し、長期的な成功を収めるための支援を提供しています。


参考文献

SMBC日興証券インフォラウンジ「プロフェッショナルマネジャーに学ぶ事実に基づく経営」https://infolounge.smbcc-businessclub.jp

ハロルド・ジェニーン、アルヴィン・モスコー共著、田中融二訳『プロフェッショナルマネジャー 58四半期連続増益の男』(プレジデント社、2004年)

厚生労働省『労働者派遣事業報告書』(2023年公表)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000079194.html

日本人材派遣協会『労働者派遣事業統計調査』

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投稿者プロフィール

jinzaihaken
jinzaihaken
労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。