時代を超えて成長する人材派遣会社の原則~ジェームズ・コリンズ「ビジョナリーカンパニー」に学ぶ永続的企業の条件~

労働者派遣事業の許可申請において、財産的基礎要件は過去の一時点の財務健全性に一定の意見を表明するものです。しかし、真に偉大な人材派遣会社を築くためには、許可要件を満たすだけでは不十分です。厚生労働省が定める基準資産額2,000万円以上、現金預金1,500万円以上という要件は、事業を開始するための最低条件に過ぎません。

スタンフォード大学経営大学院のジェームズ・C・コリンズとジェリー・I・ポラスが1994年に発表した「Built to Last」(邦題「ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則」)、および2001年の続編「Good to Great」(邦題「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則」)は、時代を超えて卓越した業績を上げ続ける企業の本質を解き明かしています。

本稿では、コリンズの研究成果を人材派遣業界に適用し、一時的な成功ではなく、永続的な偉大さを追求する経営者の皆様に実践的な指針を提供します。

ビジョナリーカンパニーの定義と選定基準

コリンズらは、以下の基準でビジョナリーカンパニーを選定しました。

第1の基準は業界での卓越性です。業界で卓越した企業であること。

第2の基準は広範な尊敬です。見識のある経営者や企業幹部の間で広く尊敬を集めていること。

第3の基準は持続的な影響力です。社会に消えることのない足跡を残していること。

第4の基準は世代交代です。創業者が去った後も繁栄を続けていること。

第5の基準は長期的存続です。1950年以前に設立され、研究時点まで存続していること。

人材派遣業界に当てはめれば、創業から数十年を経て、複数の事業所を持ち、創業者の代替わりを経験してもなお成長を続ける企業がこれに該当します。

基本理念を核とする経営

コリンズは、ビジョナリーカンパニーの最も重要な特徴として、基本理念の堅持を挙げています。

基本理念は2つの要素から構成されます。第1の要素は基本的価値観です。組織にとって不可欠で普遍の主義であり、いくつかの一般的な指導原理からなります。第2の要素は目的です。単なる金儲けを超えた、組織の根本的な存在理由です。

重要なのは、基本的価値観に正解は存在しないという点です。洗練されたものや人道的なものである必要はなく、その企業が心から信じ、実践している価値観であれば良いのです。

人材派遣業界における基本理念の実例を見てみましょう。

ウィルオブ・ワークは、ミッションとして「個と組織をポジティブに変革するチェンジエージェント」を掲げ、バリューとして「すべての人の可能性を信じます」「あらゆる人の働く機会を増やします」「多様な働き方を応援します」などを明文化しています。

UTグループは「はたらく力で、イキイキをつくる。」というミッションのもと、多様なバックボーンを持つ人や企業が集う場を提供することを基本理念としています。

スタッフサービスグループは創業40周年を機に経営理念を刷新し、「挑戦」と「進化」を核となる価値観として掲げました。

これらの企業に共通するのは、単なる利益追求を超えた目的意識を持っている点です。人材派遣会社は、派遣労働者と派遣先企業の仲介によって手数料を得るビジネスモデルですが、その背後に「働く人の可能性を広げる」「多様な働き方を実現する」といった社会的使命を位置づけています。

時を告げるのではなく、時計をつくる

コリンズは「ビジョナリーカンパニー」の中で、最も印象的な概念の一つとして「時を告げるのではなく、時計をつくる」を提示しています。

優れた商品、優れた戦略、優れたアイデア、カリスマ経営者を呼ぶこと、これらは時を告げることに相当します。一方、会社の考え方や人の育成を仕組み化して、永続するシステムを作ること、これが時計を作ることです。

企業が永続するためには、カリスマ経営者が去った後も社員が自ら答えを出せる仕組みをつくる必要があります。

人材派遣業界において、この原則は特に重要です。なぜなら、派遣事業の本質は人と人をつなぐマッチングであり、優秀な営業担当者やコーディネーターの属人的スキルに依存しがちだからです。

時計を作るとは、以下のような仕組みを構築することを意味します。

第1に、採用基準の明文化です。どのような価値観を持つ人材を採用するのか、明確な基準を定めます。

第2に、教育プログラムの体系化です。新入社員が一定期間で独り立ちできる育成システムを整備します。

第3に、評価制度の公平性です。短期的な成果だけでなく、基本理念に沿った行動を評価する仕組みを導入します。

第4に、意思決定プロセスの標準化です。経営者が不在でも、現場が基本理念に基づいて判断できる権限委譲を行います。

第5に、業務プロセスのデジタル化です。AIマッチングシステムやRPAの導入により、属人性を排除します。

労働者派遣事業の許可要件における財産的基礎も、この時計づくりの一環として位置づけられます。財務的安定性を維持する仕組み、すなわち月次決算の実施、キャッシュフロー管理、適正な資本政策などを組織に組み込むことで、経営者の判断に依存しない財務健全性が実現されます。

第五水準のリーダーシップ

コリンズは「ビジョナリーカンパニー2」において、良好な企業から偉大な企業への飛躍を実現したリーダーの特徴を分析し、リーダーシップを5つの水準に分類しました。

第1水準は有能な個人です。才能、知識、スキル、勤勉さによって生産的な仕事をします。

第2水準は組織に貢献するチームメンバーです。組織目標の達成に貢献し、グループで他のメンバーと協力します。

第3水準は有能な管理者です。人と資源を組織化し、設定された目標を効率的に追求します。

第4水準は有能な経営者です。明確で説得力のあるビジョンへの支持と、より高い業績基準への献身を生み出します。

第5水準は第五水準の経営者です。個人としての謙虚さと職業人としての意志の強さという矛盾した性格を併せ持ち、持続する偉大さを築きます。

第五水準のリーダーの特徴は、個人としての謙虚さと職業人としての不屈の精神という二面性にあります。

個人としての謙虚さとは、成功を外部要因や他者の貢献に帰し、失敗の責任は自分が引き受けることです。派手さを避け、静かで控えめで内気に見えることさえあります。

職業人としての不屈の精神とは、企業を偉大にすることへの強い意志を持ち、どんな困難があっても決してあきらめないことです。会社のためなら何でもする覚悟があります。

人材派遣会社の経営者にとって、この第五水準のリーダーシップは重要な示唆を与えます。

派遣事業は労働集約的であり、派遣スタッフ一人ひとりの働きによって成果が生まれます。経営者が「私が優秀な営業戦略を立てたから成功した」と考えるのではなく、「現場のコーディネーターや派遣スタッフの努力によって成功した」と認識することが、組織全体のモチベーションを高めます。

同時に、厚生労働省の許可要件を満たすための財産的基礎の維持、法令遵守、派遣労働者の権利保護など、困難な課題に対しては妥協しない強い意志を持つことが求められます。

最初に人を選び、その後に目標を選ぶ

コリンズは「ビジョナリーカンパニー2」において、偉大な企業への飛躍を実現した企業の共通点として「最初に人を選ぶ」原則を明らかにしました。

通常の企業は、まずビジョンや戦略を決定し、その後それを実現するために人材を採用します。しかし、偉大な企業は順序が逆です。まず適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、適切な人がふさわしい席に座ってから、どこに向かうかを決めています。

コリンズはこれをバスの比喩で説明しています。重要なのは、バスがどこに向かうかではなく、誰がバスに乗っているかです。適切な人がバスに乗っていれば、環境が変化しても対応できます。人々がバスに乗ったのは、同乗者が気に入ったからであり、目的地が気に入ったからではありません。

人材派遣業界にとって、この原則は特に重要です。なぜなら、派遣事業の本質は人材ビジネスであり、社員の質が直接的に事業の成否を左右するからです。

最初に人を選ぶ原則を実践するための具体的な方法は以下の通りです。

第1に、採用時の価値観適合性の重視です。スキルや経験よりも、企業の基本理念に共感し、実践できる人材を選びます。

第2に、厳格な採用基準の維持です。人手不足だからといって妥協せず、適切な人材が見つかるまで待ちます。

第3に、早期の見極めと決断です。採用後、基本理念に合わないことが明らかになった場合、早期に判断し、組織から離れてもらいます。

第4に、適材適所の配置です。適切な人材を、その強みが最も発揮できる重要な座席に配置します。

ビジョナリーカンパニーZEROでは、重要な座席の90パーセント以上が適切な人材で埋まっているかが基準であると述べています。重要な座席とは、組織の目標達成に不可欠な職位、基本理念を体現する役割、次世代リーダーを育成する立場を指します。

労働者派遣事業の許可要件においても、派遣元責任者の選任が義務付けられています。この責任者の選任においても、単に資格要件を満たすだけでなく、企業の基本理念を理解し、派遣労働者の権利を守ることに献身できる人材を選ぶことが重要です。

針鼠の概念

コリンズは古代ギリシャの寓話を引用し、針鼠の概念を提示しました。狐は多くの戦略を知っている賢い動物ですが、針鼠は一つのこと、つまり丸まって針を立てることだけを知っています。しかし、この単純な防御によって、針鼠は常に狐に勝ちます。

偉大な企業は、3つの円が重なり合う中心領域を理解し、そこに集中します。

第1の円は、自社が世界一になれる部分です。何において世界一になれるか、逆に何において世界一になれないかを理解することです。

第2の円は、経済的原動力になるものです。経済エンジンを最も効果的に動かす単一の分母は何かを見極めることです。

第3の円は、情熱を持って取り組めるものです。組織が深い情熱を持って取り組めることは何かを明確にすることです。

人材派遣会社にとって、針鼠の概念を確立することは、無秩序な拡大を避け、持続的な成長を実現するために不可欠です。

世界一になれる部分の例として、特定業界特化型の派遣サービス、特定職種における圧倒的なマッチング精度、特定地域での網羅的なネットワークなどが考えられます。

経済的原動力の指標として、派遣スタッフ一人当たりの粗利益、継続就業率による安定収益、派遣先企業の生涯価値などが挙げられます。

情熱を持って取り組めるものとして、働く人の可能性を広げること、企業の人材課題を解決すること、社会に多様な働き方を提供することなどがあります。

厚生労働省の財産的基礎要件は、この針鼠の概念を実現するための基盤です。基準資産額2,000万円以上、現金預金1,500万円以上という要件を満たすことで、自社が世界一になれる領域に集中投資できる財務余力が生まれます。

弾み車の法則

コリンズは「ビジョナリーカンパニー2」および続編「弾み車の法則」において、偉大な企業への飛躍は劇的な転換点ではなく、一貫した方向への地道な努力の積み重ねによって実現されると述べています。

巨大で重い弾み車を回すことを想像してください。最初は非常に重く、1回転させるのに膨大な努力が必要です。しかし、方向を変えずに押し続けることで、2回転目は少し楽になり、3回転目はさらに楽になります。やがて弾み車は勢いを増し、自らの重量と勢いで回り続けるようになります。

偉大な企業は、針鼠の概念に沿った弾み車を構築し、それを回し続けることで大きな成功を収めています。

人材派遣会社における弾み車の構築例を考えてみましょう。

第1段階として、基本理念に共感する優秀な社員を採用します。

第2段階として、これらの社員が派遣先企業に質の高いサービスを提供します。

第3段階として、満足した派遣先企業がリピート契約や紹介を行います。

第4段階として、安定した収益が生まれ、財産的基礎要件を安定的に満たします。

第5段階として、財務的余力を社員教育やシステム投資に振り向けます。

第6段階として、さらに優秀な人材が育ち、サービス品質が向上します。

この循環が回り始めると、外部からは突然の成功に見えますが、実際には長年の一貫した努力の結果です。

重要なのは、買収や合併を弾み車を回し始める手段として使うのではなく、弾み車が十分に勢いづいた後に、その勢いを加速させる促進剤として使うことです。針鼠の概念を確立する前に拡大路線を取ると、方向性を失い、規律なき拡大へと陥ります。

労働者派遣事業の許可更新のたびに財産的基礎要件を満たすために慌てるのではなく、日常的な弾み車の回転によって自然に要件を満たせる状態を作ることが理想です。

規律ある文化

コリンズは、偉大な企業には規律ある人材、規律ある考え、規律ある行動からなる規律ある文化があると指摘しています。

重要なのは、規律ある文化とは管理主義ではないという点です。規律ある文化では、自ら責任を持ち主体的に行動する人材が、自由の枠組みの中で針鼠の概念に沿った行動を取ります。

人材派遣業界における規律ある文化の実践例として、以下が挙げられます。

第1に、法令遵守の徹底です。労働者派遣法、労働基準法、社会保険関係法令など、関連法規を確実に遵守する文化を組織全体に浸透させます。

第2に、財務規律の維持です。月次決算を確実に実施し、基準資産額と現金預金の状況を常に把握し、財産的基礎要件を安定的に満たします。

第3に、サービス品質基準の堅持です。派遣先企業の要望に応えることと、派遣労働者の権利を守ることのバランスを取り、短期的な利益のために基準を下げません。

第4に、不採算事業からの撤退判断です。針鼠の概念に沿わない事業は、たとえ一時的に収益を上げていても、勇気を持って撤退します。

厚生労働省の許可要件や労働者派遣法の規制は、外部から課される制約ではなく、偉大な企業を築くための規律の枠組みとして捉えることができます。

ANDの才能

コリンズは、ビジョナリーカンパニーの重要な特徴として「ANDの才能」を挙げています。多くの企業はORの抑圧に陥ります。すなわち、AかBか、どちらか一方を選ばなければならないと考えます。

しかし、ビジョナリーカンパニーはAとBの両方を追求します。利益を超えた目的と現実的な利益の追求、基本理念を核とする保守主義とリスクの大きい変化への意欲、長期投資と短期業績、これらの一見矛盾する要素を同時に実現します。

人材派遣業界における AND の才能の実践例は以下の通りです。

派遣スタッフの待遇改善と派遣先企業への競争力のある価格設定、両方を実現します。効率化とデジタル化によってコスト構造を改善し、スタッフへの還元と顧客への価値提供を同時に実現します。

基本理念の堅持と市場環境への柔軟な対応、両方を追求します。働く人の可能性を広げるという目的は不変ですが、そのための手段は時代に合わせて進化させます。

財産的基礎要件の安定的充足と積極的な成長投資、両方を行います。基準資産額と現金預金を確実に維持しながら、デジタル化や人材育成への投資も怠りません。

短期的な収益確保と長期的な組織能力の構築、両方に取り組みます。今期の目標達成と、10年後も繁栄する企業基盤の構築を並行します。

監査・合意された手続と経営の質

労働者派遣事業の許可申請や更新において、公認会計士による監査は、財産的基礎要件の充足を証明するツールです。しかし、その意義はコンプライアンスの充足にとどまりません。

第1に、正確な財務情報は時計づくりの基盤です。月次決算の監査や合意された手続を通じて、経営者の感覚ではなく、客観的なデータに基づく意思決定が可能になります。

第2に、財務規律は弾み車を回す原動力です。基準資産額や現金預金の状況を常に把握し、財産的基礎要件を安定的に満たすことで、針鼠の概念に沿った投資に集中できます。

第3に、外部専門家の視点は組織の盲点を照らします。公認会計士は多くの企業を見ているため、自社の財務状況を業界水準と比較し、改善点を指摘できます。

第4に、監査プロセスは規律ある文化を強化します。定期的な監査や合意された手続を受けることで、組織全体に財務規律と透明性の文化が浸透します。

当事務所では、単なる許可要件の充足支援にとどまらず、コリンズが提唱する偉大な企業の原則を理解し、経営者の皆様が時代を超えて繁栄する組織を築くための戦略的パートナーとして伴走いたします。

結論

ジェームズ・コリンズの「ビジョナリーカンパニー」シリーズは、時代を超えて偉大な企業を築くための普遍的な原則を示しています。

基本理念を核として経営すること、時を告げるのではなく時計を作ること、第五水準のリーダーシップを発揮すること、最初に人を選ぶこと、針鼠の概念に集中すること、弾み車を一貫して回し続けること、規律ある文化を築くこと、ANDの才能で矛盾を両立させること。

これらの原則は、人材派遣業界においても完全に適用可能です。厚生労働省が定める財産的基礎要件は、参入障壁ではなく、偉大な企業を築くための基盤として位置づけられます。

基準資産額2,000万円以上、現金預金1,500万円以上という要件を安定的に満たすことは、短期的な利益追求ではなく、長期的な組織能力の構築に集中できる財務基盤を意味します。

当事務所では、労働者派遣事業の許可申請における監査を通じて、財産的基礎要件の充足を支援するとともに、コリンズの原則に基づく経営戦略の立案から実行まで、総合的にサポートいたします。

財産的基礎要件のクリア、月次決算の監査、基準資産額の最適化、そして時代を超えて繁栄する組織づくりについて、お気軽にご相談ください。

参考文献

ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則」日経BP社、1995年

ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則」日経BP社、2001年

ジェームズ・C・コリンズ著、土方奈美訳「ビジョナリー・カンパニーZERO ゼロから事業を生み出し、偉大で永続的な企業になる」日経BP、2020年

ジェームズ・C・コリンズ著、牧野洋訳「ビジョナリー・カンパニー 弾み車の法則」日経BP、2020年


※本記事は、ジェームズ・コリンズの理論を人材派遣業界に適用した考察であり、個別の経営判断については専門家にご相談ください。

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投稿者プロフィール

jinzaihaken
jinzaihaken
労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。