人材派遣業における「ブルーオーシャン戦略」の実践:競争のない新市場の創造
W・チャン・キム(W. Chan Kim)とレネ・モボルニュ(Renée Mauborgne)が2005年に著した「Blue Ocean Strategy」(邦訳『ブルー・オーシャン戦略』ランダムハウス講談社)で提唱された戦略論を、人材派遣事業の経営実践にどのように応用できるかを解説します。
労働者派遣事業許可申請における監査を提供する当事務所では、多数の派遣事業者が激しい価格競争に巻き込まれ、収益性の悪化に苦しむ状況を目の当たりにしてきました。既存市場での競争激化は、財務基盤の脆弱化を招き、事業許可要件の維持にも悪影響を及ぼします。ブルーオーシャン戦略は、このような状況を打破する有効な指針となります。
ブルーオーシャン戦略の基本概念
W・チャン・キムとレネ・モボルニュは、企業が競争する市場空間を2つに分類しました。
レッドオーシャン(赤い海、競争の激しい既存市場)
既知の市場空間で、業界の境界は明確に定義されており、競争のルールも確立されています。企業は既存の需要を奪い合い、競合他社を打ち負かそうとします。市場空間が混雑するほど、収益性の見通しは低下します。製品やサービスはコモディティ化し、血みどろの競争が展開されることから「赤い海」と呼ばれます。
ブルーオーシャン(青い海、競争のない新市場)
未知の市場空間で、需要は創造されるものであり、奪い合うものではありません。高い成長と高い利益の機会が存在します。競争は無関係になります。ブルーオーシャンの創造は、差別化と低コストの両立(価値革新)によって実現されます。
ただし、本稿執筆時点で原著の該当箇所を直接確認できていないため、これらの内容は経営学の一般的理解に基づくものである点をご了承ください。
人材派遣業における「レッドオーシャン」の現状
現在の人材派遣業界は、多くの領域でレッドオーシャン化が進行しています。
典型的なレッドオーシャンの特徴
- 一般事務や軽作業など汎用的職種での激しい価格競争
- 同質的なサービス内容による差別化の困難性
- 派遣スタッフの奪い合いによる採用コストの上昇
- 派遣先企業からの継続的な単価引き下げ圧力
- 大手派遣会社による市場支配と中小事業者の利益圧迫
財務面への影響
レッドオーシャンでの競争は、売上総利益率と営業利益率の低下を招きます。これにより、労働者派遣事業許可の財務要件である基準資産額や現預金額の維持が困難になり、事業の持続可能性が脅かされます。
ブルーオーシャン創造のための分析ツール
一般的な経営学文献では、ブルーオーシャン戦略を実践するための主要なツールとして、以下が紹介されています。
1. 戦略キャンバス
戦略キャンバスは、業界の競争要因を横軸に、各要因の提供レベルを縦軸にとったグラフです。自社と競合他社の戦略プロファイルを視覚化することで、業界の競争状況を把握し、差別化の機会を発見します。
2. 4つのアクション(ERRCフレームワーク)
業界の常識を問い直し、新たな価値曲線を描くための4つの問いかけです。
- Eliminate(取り除く):業界常識として提供されてきたが、実は顧客価値を生んでいない要素は何か
- Reduce(減らす):業界標準以下に減らすべき要素は何か
- Raise(増やす):業界標準以上に増やすべき要素は何か
- Create(創造する):業界でこれまで提供されていない、新たに創造すべき要素は何か
3. 価値革新
ブルーオーシャン戦略の核心概念です。差別化と低コストを同時に追求することで、顧客と企業の双方に新たな価値を創造します。従来、差別化はコスト増を伴うと考えられてきましたが、価値革新では不要な要素を削減することでコスト削減と差別化を両立させます。
人材派遣業におけるブルーオーシャン戦略の実践例
実践例1:特定業務プロセスに特化した「業務請負型」ハイブリッドサービス
レッドオーシャンの状況
一般的な派遣事業では、派遣スタッフを提供するのみで、業務の進行管理や品質管理は派遣先企業が担います。多数の派遣会社が同じモデルで競争し、価格競争に陥っています。
4つのアクションの適用
Eliminate(取り除く)
- 多様な職種への対応(特定業務プロセスに集中)
- 派遣先企業への詳細な業務指示の依存
- 個別カスタマイズによる非効率
Reduce(減らす)
- 営業担当者の訪問頻度(デジタルツールでの効率化)
- 管理間接部門のコスト
Raise(増やす)
- 特定業務プロセスへの専門知識の深化
- 業務品質と生産性の保証レベル
- 業務改善提案の頻度と質
Create(創造する)
- 業務プロセス全体の設計・改善サービス
- 成果連動型の料金体系
- 業務データの分析とレポーティング
- 業務マニュアルと教育プログラムのパッケージ提供
実現される価値
派遣先企業にとって、業務管理の負担が大幅に軽減され、業務品質と生産性が向上します。派遣会社にとって、専門性の高さから高単価が実現し、業務請負的要素により収益が安定します。
ブルーオーシャンの創造
単なる「人の派遣」ではなく、「業務プロセスのアウトソーシングサービス」という新たな市場を創造します。従来の派遣会社とは競合せず、業務請負会社とも異なるポジションを確立します。
実践例2:派遣スタッフのキャリア形成を中核に据えた「キャリア開発型」派遣サービス
レッドオーシャンの状況
多くの派遣会社は、派遣先企業のニーズを最優先し、派遣スタッフは交換可能なリソースとして扱われています。スタッフの定着率が低く、常に採用コストが発生します。
4つのアクションの適用
Eliminate(取り除く)
- 短期的なマッチング最優先の姿勢
- スタッフの希望を軽視した配置
- 使い捨て的な雇用慣行
Reduce(減らす)
- 大量採用・大量離職のサイクル
- 未経験者の即戦力化への期待
Raise(増やす)
- スタッフ個々のキャリア目標の把握と支援
- スキルアップのための教育訓練投資
- スタッフとのコミュニケーション頻度
- 長期就業へのインセンティブ
Create(創造する)
- 個別キャリアプランの策定と定期レビュー
- スキルレベル別の明確なキャリアパスと給与体系
- 資格取得支援制度と奨励金
- 正社員登用制度や直接雇用への橋渡し支援
- スタッフコミュニティの形成(相互学習、情報交換)
実現される価値
派遣スタッフにとって、派遣就業が単なる一時的な仕事ではなく、キャリア形成の機会となります。派遣会社にとって、スタッフの定着率向上により、採用コストが削減され、高スキル人材のプールが形成されます。派遣先企業にとって、安定した高品質人材の供給を受けられます。
ブルーオーシャンの創造
「キャリアを諦めた人の一時的な働き先」という派遣業界のネガティブイメージを覆し、「キャリア形成を支援する成長プラットフォーム」という新市場を創造します。
実践例3:中小企業向け「人事機能代行統合型」派遣サービス
レッドオーシャンの状況
派遣会社は派遣スタッフの提供に専念し、顧客企業の人事課題全体には関与しません。中小企業は、派遣スタッフの活用だけでなく、採用、育成、評価、労務管理など、人事機能全般に課題を抱えています。
4つのアクションの適用
Eliminate(取り除く)
- 派遣サービスのみの単一機能提供
- 大企業向けの画一的なサービスモデル
Reduce(減らす)
- 高額な人事コンサルティングフィー
- 複雑で使いにくいシステム
Raise(増やす)
- 中小企業の経営課題への理解
- 実務的で即効性のある支援
- 経営者との対話時間
Create(創造する)
- 派遣スタッフ提供と人事機能支援の統合パッケージ
- 採用代行(正社員・アルバイト含む)
- 簡易人事評価制度の導入支援
- 就業規則・人事規程の整備支援
- 給与計算・社会保険手続きの代行
- 定額制のサブスクリプション料金
実現される価値
中小企業にとって、人事部門を持たなくても、必要な人事機能を外部から調達できます。複数のベンダーと個別契約する煩雑さから解放されます。派遣会社にとって、顧客との関係が深化し、継続的で安定した収益が確保できます。
ブルーオーシャンの創造
「派遣会社」でも「人事コンサルティング会社」でもない、「中小企業の人事パートナー」という新たなカテゴリーを創造します。
実践例4:地域コミュニティと連携した「地域人材循環型」派遣サービス
レッドオーシャンの状況
大手派遣会社は都市部に集中し、地方では人材不足が深刻化しています。地方の派遣会社は規模が小さく、サービス範囲が限定的です。
4つのアクションの適用
Eliminate(取り除く)
- 都市部の大手派遣会社の模倣戦略
- 広域展開への無理な投資
Reduce(減らす)
- 大規模な広告宣伝費
- 本社機能への過剰投資
Raise(増やす)
- 地域の教育機関、行政、企業との連携
- 地域住民への認知度と信頼
- 地域経済への貢献意識
Create(創造する)
- 地域の高校・専門学校・大学との就業体験プログラム
- Uターン・Iターン希望者への就業支援
- 子育て中の女性や高齢者など多様な人材の活用支援
- 地域企業の人材ニーズ調査と情報共有
- 地域の産業振興施策との連携
- 自治体の雇用創出事業への参画
実現される価値
地域企業にとって、地元に根ざした人材を安定的に確保できます。地域住民にとって、地元での多様な就業機会が得られます。自治体にとって、雇用創出と人口流出抑制に貢献するパートナーが得られます。派遣会社にとって、地域での独自ポジションを確立し、競合の参入障壁を構築できます。
ブルーオーシャンの創造
単なる派遣サービス提供者ではなく、「地域人材エコシステムの中核プレイヤー」という役割を創造します。
ブルーオーシャン戦略実践のステップ
ステップ1:現状の戦略キャンバス作成
自社と主要競合他社の戦略プロファイルを視覚化します。
人材派遣業の一般的な競争要因例
- 派遣料金の安さ
- 派遣スタッフの供給スピード
- 派遣スタッフの質(スキル、経験)
- 対応可能な職種の幅広さ
- 営業担当者の対応品質
- 事務手続きの簡便さ
- 緊急時の代替要員対応
- 派遣先企業との関係の深さ
これらの要因について、自社と競合の提供レベルを比較します。多くの場合、競合と似通った曲線が描かれ、差別化が不十分であることが明らかになります。
ステップ2:4つのアクションによる新たな価値曲線の設計
ERRCフレームワークを用いて、業界の常識を問い直します。
重要な視点
- 顧客が当然と思っているが、実は不要または過剰な要素は何か
- 顧客が本当に価値を感じるが、業界が十分に提供していない要素は何か
- まだ誰も提供していないが、提供すれば顧客が喜ぶ要素は何か
ステップ3:非顧客の分析
既存顧客だけでなく、現在は派遣サービスを利用していない「非顧客」に注目します。
非顧客の3層
- 第1層:派遣サービスを利用しているが、すぐにでも離れる可能性のある顧客
- 第2層:意識的に派遣サービスを利用しない選択をしている顧客
- 第3層:派遣サービスの市場とは無縁の遠い非顧客
これらの非顧客が派遣サービスを利用しない理由を分析し、その障壁を取り除く戦略を考えます。
人材派遣業の非顧客例
- 派遣料金が高すぎると感じる中小零細企業
- 派遣スタッフの管理負担を嫌う企業
- 派遣労働に対する否定的イメージを持つ企業
- 正社員採用にこだわる企業
- 必要な専門人材が派遣では見つからないと諦めている企業
ステップ4:価値革新の実現
差別化と低コストを同時に実現する具体的な施策を設計します。
コスト削減の実現
- 不要な要素を取り除くことによるコスト削減
- 業務プロセスの標準化・効率化
- デジタル技術の活用
- 特定領域への集中による規模の経済
差別化の実現
- 新たな価値要素の創造
- 既存要素の大幅な増強
- 顧客の未充足ニーズへの対応
ステップ5:小規模実証と検証
新たな戦略を全面展開する前に、限定的な範囲で実証実験を行います。
実証項目
- 想定した顧客価値が実際に評価されるか
- 収益性は確保できるか
- オペレーションは実行可能か
- スケールアップの障害は何か
ステップ6:本格展開と継続的進化
実証実験の結果を踏まえて、本格的な市場展開を行います。ただし、ブルーオーシャンは永続しません。成功すれば模倣者が現れ、やがてレッドオーシャン化します。継続的な革新が必要です。
ブルーオーシャン戦略と財務健全性の両立
ブルーオーシャン創造への投資と、労働者派遣事業許可の財務要件維持を両立させるには、以下の視点が重要です。
初期投資の抑制
ブルーオーシャン戦略の本質は、価値革新による差別化と低コストの両立です。巨額の投資を必要とする戦略は、真のブルーオーシャンではありません。
実践のポイント
- 既存資源の再配置による新戦略の実行
- 不要な要素の削減で得られた資源の、新要素への転用
- パートナーシップによる資源の相互補完
段階的な展開
一度に全社的な戦略転換を行うのではなく、一部の事業領域や顧客セグメントで試行し、成功を確認してから拡大します。
財務リスクの管理
労働者派遣事業の財務要件を満たしながら、新戦略への投資を行うには、既存事業の収益基盤を維持しつつ、段階的に新戦略の比重を高めていくアプローチが有効です。
早期の収益化
ブルーオーシャン戦略では、顧客に新たな価値を提供するため、適正な価格設定が可能です。価格競争に陥ることなく、早期に収益を確保できます。
価格戦略
- 価値に見合った価格設定(バリュープライシング)
- 従来の派遣料金体系とは異なる料金モデルの採用
- 成果連動型、定額制など、顧客にとって分かりやすく受け入れやすい料金体系
当事務所が実施する労働者派遣事業許可申請の監査では、新戦略への投資が財務要件に与える影響を評価し、持続可能な事業計画の策定を支援しています。
ブルーオーシャン戦略実践の組織的課題
既存事業との利益相反
新戦略が既存事業の顧客や収益を侵食する可能性があります。組織内の抵抗を克服し、全社的な理解と協力を得る必要があります。
従業員のスキル転換
新戦略の実行には、従業員の新たなスキルや考え方が必要です。教育訓練と意識改革への投資が不可欠です。
経営者のコミットメント
ブルーオーシャン創造は、短期的には既存事業の効率を低下させる可能性があります。経営者が長期的視点で戦略にコミットし、組織を導く必要があります。
結論
人材派遣業界は、多くの領域でレッドオーシャン化が進行し、激しい価格競争により収益性が圧迫されています。この状況を打破するには、W・チャン・キムとレネ・モボルニュが提唱した「ブルーオーシャン戦略」が有効な指針となります。
既存の競争ルールを前提とするのではなく、4つのアクション(取り除く、減らす、増やす、創造する)を通じて業界の常識を問い直し、新たな価値を創造することで、競争のない新市場を開拓できます。
特定業務プロセスに特化した業務請負型ハイブリッドサービス、キャリア形成を支援する派遣サービス、人事機能代行を統合したサービス、地域コミュニティと連携した人材循環型サービスなど、人材派遣業におけるブルーオーシャン創造の可能性は多様です。
重要なのは、差別化と低コストを同時に実現する「価値革新」の視点です。単に新しいサービスを追加するのではなく、不要な要素を削減してコストを下げながら、顧客が真に価値を感じる新要素を創造します。
同時に、労働者派遣事業許可の財務要件を満たし続けることも経営の重要課題です。ブルーオーシャン戦略は、巨額投資を必要とせず、既存資源の再配置により実現できる点で、財務健全性との両立が可能です。
当事務所では、労働者派遣事業の許可申請・更新に必要な監査を提供するとともに、新戦略展開と財務戦略の整合性確保を支援しています。レッドオーシャンでの消耗戦から脱却し、ブルーオーシャンの創造を通じた持続的成長を実現したい派遣事業者の方は、ぜひご相談ください。案いたします。 あなたの未来を守る第一歩を、今すぐ踏み出しましょう。
お問い合わせ
預金不足の解決策、純資産不足の解決策、合意された手続、監査のお問い合わせなどお気軽にお問い合わせください。
投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。
最新の投稿
お知らせ2026年1月21日労働者派遣事業許可申請:財産的基礎の要件クリアへの道筋 – 3つの選択肢と最適解
お知らせ2026年1月5日労働者派遣事業許可申請における「監査」と「合意された手続」の違いを徹底解説
お知らせ2026年1月5日労働者派遣事業を始めるには? 許可取得の三大ハードルと成功への道
お知らせ2025年12月23日合意された手続の報酬が気になる前に、まず顧問税理士に確認すべきこと


