繰延税金資産は、派遣許可のための魔法の数字ではない

決算が近づくと、中小企業の社長の頭の中には、だいたい似たようなBGMが流れます。
売上は何とかしたい。利益もできれば残したい。ついでに、労働者派遣事業の許可申請で基準資産額もクリアしたい。できれば穏便に、できれば痛み少なめで、できれば今日中に。気持ちはよく分かります。人は追い込まれると、急に貸借対照表に優しくなります。

そんなとき、ひょいと現れるのが「繰延税金資産」という、いかにも会計村の長老が考えたような名前の科目です。字面がもう強い。読んだ瞬間に、普通の経営者はちょっとだけ目を細めます。しかし、これを雑に「資産を増やせる便利アイテム」と理解すると、あとで痛い目を見ます。ここでいう痛い目とは、許可審査での説明負担だったり、将来の取り崩しで利益が吹き飛ぶことだったり、要するに、今ラクする代わりに未来の自分へ請求書を回すことです。

まず結論から言います。
繰延税金資産は、条件を満たせば、決算書上の資産として計上されうるものです。派遣許可の基準資産額との関係でも、少なくとも制度上、除外対象として明示されているのは繰延資産とのれんであって、繰延税金資産ではありません。実務解説でも、繰延税金資産は資産としてカウントできると整理されています。とはいえ、だからといって「じゃあ足りない分を全部これで盛ればいいですね」は、さすがに元気がよすぎます。そこには回収可能性という、なかなか逃がしてくれない関門があります。

そもそも繰延税金資産とは何か

難しそうに見えますが、発想はそこまで複雑ではありません。
会計では今期の費用として見ているのに、税務ではまだ損金にしてくれない。そんなズレがあると、会社はそのぶん、今は税金を多めに払うことになります。この「今は多めに払ったけれど、将来そのぶん税金が軽くなる見込みがある」という部分を資産として表したものが、繰延税金資産です。ざっくり言えば、税金の前払い分みたいなものです。

ここでいう前払いとは、現金があとで銀行口座にそのまま戻る、という意味ではありません。将来、課税所得が出たときに、税負担を軽くする効果として回収する、という意味です。つまり、現金そのものではなく、将来の納税額を減らす権利に近い。経営者目線で言えば、今すぐ使える財布の中身ではなく、将来の税金を削るクーポンです。しかも有効期限つき、使用条件やたら細かめのやつです。

派遣許可を考える社長にとって、どこが大事か

労働者派遣事業の許可では、財産的基礎が見られます。
代表的には、基準資産額が事業所数に応じた水準を満たすこと、基準資産額が負債総額の7分の1以上であること、そして自己名義の現金預金が一定額以上あること、この3本柱です。言い換えると、帳簿の見た目だけでなく、ちゃんと持ちこたえられる会社かどうかを見ています。派遣先がどうこう以前に、派遣元がふらついていては話にならない、というわけです。まことに正論です。正論はだいたい経営者に厳しい。

その中で基準資産額は、資産総額から負債総額を引いて見ます。ただし、繰延資産とのれんは除かれます。ここが実務上のポイントです。繰延資産はダメ。でも繰延税金資産は、名前が似ているせいで紛らわしいものの、別物です。ここでいう別物とは、会社計算規則上の区分が違うという意味です。つまり、名前に「繰延」と入っているからといって、一律に基準資産額から弾かれるわけではありません。会計は、ときどき日本語に対して不親切です。

では、基準資産額を増やしたいなら計上すればいいのか

ここで社長の心の声が出ます。
「それなら、うちも繰延税金資産を計上すれば助かるじゃないか」と。
気持ちは分かります。むしろそう思わない方が不自然です。ですが、ここからが本番です。

繰延税金資産は、将来ちゃんと利益が出て、税金を払う会社であることが前提です。将来の課税所得が見込めないなら、その資産は回収できません。ここでいう回収可能性とは、将来の黒字によって、その税効果を現実に使い切れる見込みのことです。要するに、未来の利益が薄い会社が計上すると、理屈が先に転びます。貸借対照表だけ鍛えても、筋肉ではなく空気を膨らませているだけなら、さすがにバレます。

しかも、中小企業では税効果会計が法的に必須ではないケースも多いです。非上場の中小企業には税効果会計は義務付けられていないとされており、実際には計上していない会社も少なくありません。だから、派遣許可のために急に繰延税金資産を使おうとするなら、まずはその計上方針が妥当か、将来利益の見込みが説明できるか、税理士と一緒に詰める必要があります。許可のための会計ではなく、会計の結果として許可に耐える形にする。順番を逆にすると危ないです。

取り崩しという、未来からの逆襲

繰延税金資産の怖いところは、計上するときではなく、取り崩すときに顔を出します。
将来の利益が出る見込みで計上したのに、実際には業績が悪化して、その見込みが崩れた。そうなると、資産として置いていたものを取り崩す必要が出てきます。すると、法人税等調整額を通じて損益に効いてきて、利益が減る。場合によっては赤字が膨らむ。昨日まで味方だった数字が、翌年には急に反抗期に入るわけです。

この構造は、派遣許可を狙う会社ほど気をつけるべきです。
なぜなら、許可は取って終わりではないからです。更新もありますし、事業報告もありますし、資産要件を継続的に意識しなければいけません。今期だけ数字を整えても、翌期に取り崩しで純資産がへこめば、あとで苦しくなります。短期の見栄えか、継続的な体力か。ここで問われているのは、まさにその二択です。

社長向けにさらに乱暴に言い換えると

繰延税金資産は、帳簿の世界では資産です。
でも、経営の世界では、将来利益に裏打ちされた資産です。
この違いがすべてです。

今日の基準資産額を埋めるための応急処置として見ると、たしかに魅力的です。
けれど、将来利益の説明が弱いまま乗せると、それは資産というより願望です。ここでいう願望とは、会計的に認識したい気持ちが先走り、回収の裏付けが後からついてくるだろうと期待してしまう状態のことです。経営の現場にはよくあります。私だって、忙しい時期にスケジュール帳を見て「まだ何とかなる」と自分に言い聞かせますが、だいたい何ともなりません。あれの会計版だと思ってください。

じゃあ実務ではどう考えるべきか

派遣許可を目指す中小企業の社長であれば、考え方はシンプルです。
まず、直近決算の貸借対照表で、基準資産額と現預金要件が本当に足りているかを確認する。
次に、繰延資産とのれんがどれだけ除外されるかを見る。
そのうえで、繰延税金資産を計上する余地があるなら、将来の課税所得見込みまで含めて、税理士と保守的に検討する。
この順番です。いきなり「資産を増やす方法」から入ると、だいたい話がこじれます。

そして、もし本当に基準資産額を厚くしたいなら、王道はやはり利益を残すこと、不要資産や不良資産を見直すこと、負債構成を整えること、必要なら増資を含めて資本政策を考えることです。繰延税金資産は補助線にはなりますが、主役にはなりません。派遣許可のための経営は、結局のところ、許可を取れる会社づくりそのものだからです。

結び

繰延税金資産は、数字合わせの小細工か、それとも将来利益に裏づけられた正当な資産か。
本質はその一点です。

許可申請で必要なのは、派手なテクニックではありません。
回収可能性です。
なんとも色気のない結論ですが、こういう地味な言葉ほど、あとで会社を助けます。経営者はたいてい、華やかな打ち手より、地味な基礎体力に最後は救われるので。

回収可能性。
この一語で十分です。

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投稿者プロフィール

jinzaihaken
jinzaihaken
労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。