労働者派遣事業の月次決算書AUP:「単月」ではなく「期首累計」が対象となる理由

労働者派遣事業の更新において、直近決算日時点で財産的基礎要件(基準資産額2,000万円以上/事業所、現金・預金1,500万円以上/事業所)を満たせない場合、公認会計士による「合意された手続(AUP: Agreed-Upon Procedures)」を実施した中間決算書または月次決算書を代替書類として提出できます。

この実務で、経営者や人事労務担当者から極めて多く寄せられる質問が、

「6月末の月次決算書に対してAUPを受ける場合、損益計算書は6月単月の数字を対象とすればよいのか、それとも期首(例:4月)から6月までの累計を対象とすべきなのか?」

というものです。

結論から申し上げると、日本公認会計士協会 専門業務実務指針4450「労働者派遣事業等の許可審査に係る中間又は月次決算書に対する合意された手続業務に関する実務指針」(以下、「実務指針4450」)は、損益計算書について『期首から対象月末までの累計』を対象とすることを想定しているようです。

本稿では、この点を実務指針の記載に基づいて詳細に解説し、なぜ単月ではなく累計が必要なのか、実務上の留意点とともに説明します。


1. 実務指針4450が定める「月次決算書」の範囲

1.1 貸借対照表と損益計算書の両方が対象

まず前提として、実務指針4450は「中間又は月次決算書」を「貸借対照表および損益計算書」と定義しており、損益計算書(P/L)も明確にAUPの対象に含めています。

1.2 損益計算書は「期首からの累計」を対象とする

実務指針4450に掲載されている「独立業務実施者の合意された手続実施結果報告書」の文例を読むと「××年×月×日現在の月次決算書(××年×月×日現在の貸借対照表及び同日に終了する×か月会計期間に係る損益計算書。以下「月次決算書」という。)に関して、」という記載があり、とりわけこの「同日に終了する×か月会計期間に係る損益計算書」という表現からは、累計期間であることが読み取れます。

これは、例えば3月決算法人が6月末の月次決算書に対してAUPを受ける場合、以下を意味します:

  • 貸借対照表: 6月30日時点の財政状態(ストック)
  • 損益計算書: 4月1日〜6月30日の累計の経営成績(フロー)

1.3 なぜ「単月」ではなく「期首累計」なのか

損益計算書が期首累計を対象とする理由は、以下の2点に集約されます:

理由1: 貸借対照表との整合性

  • 貸借対照表の「純資産の部」(利益剰余金等)は期首から当期純利益(損失)を累計した結果として表示されます。
  • 損益計算書を単月のみとした場合、貸借対照表の当期純利益累計額との整合性が確認できず、財務諸表としての一体性が失われます。

理由2: 公認会計士による「継続性の確認」の実効性

  • 実務指針4450では、月次決算書が直近の年次決算書から適切に継続しているかを確認する手続が含まれます。
  • 損益計算書が期首累計でなければ、年次決算からの連続性(例:前期繰越利益剰余金+当期純利益累計=当月末利益剰余金)が検証できません。

2. 実務指針4450に基づく具体的な手続内容

実務指針4450では、月次損益計算書(期首累計)に対して以下の合意された手続を実施することが定められています:

2.1 主要勘定科目の証憑突合

  • 売上高(累計): 請求書等の原始証憑との照合。期首から累計された売上の実在性を確認。

2.2 総勘定元帳との整合性確認

  • 期首残高(前期繰越)から当該月末までの累計発生額が、総勘定元帳と一致しているかを確認。
  • 単月のみの検証では、この累計額との整合性が確認できません。

2.3 前期年次決算書からの連続性確認

  • 前期末の繰越利益剰余金に、当期(期首から対象月末までの)累計純利益(損失)を加減算した結果が、対象月末の貸借対照表の利益剰余金と一致するかを確認。

3. よくある誤解と実務上の失敗事例

誤解1:「月次報告書は毎月単月で作成しているから、AUPも単月でよい」

  • 実態: 社内の月次報告(経営管理用)では単月損益を使用することが一般的ですが、労働者派遣事業の許可審査用の月次決算書は、実務指針4450に従い期首からの累計で作成する必要があります。

誤解2:「貸借対照表さえ要件を満たせば、損益計算書は参考程度でよい」

  • 実態: 実務指針4450は損益計算書を独立した対象書類として明記しており、貸借対照表と同等の精度でAUPを実施することが求められます。

誤解3:「累計損益計算書は、単月損益を足し合わせればよい」

  • 実態: 期首累計の損益計算書は、総勘定元帳の各勘定科目の期首残高+当期累計発生額から直接作成される必要があります。単に単月損益を事後的に合算しただけでは、会計システムとの整合性が確認できません。

4. 実務上の推奨フロー

労働者派遣事業の許可更新で月次決算書に対するAUPを受ける場合、以下のフローが推奨されます:

ステップ1: 対象月末日の確定

  • 許可更新申請日の直近で、かつ財産的基礎要件を充足する月末を選定(例:3月決算法人で8月申請の場合、4,5,6月末または7月末)。

ステップ2: 期首累計の月次決算書を会計システムから出力

  • 貸借対照表: 対象月末日時点(例:6月30日)
  • 損益計算書期首(例:4月1日)から対象月末日(例:6月30日)までの累計
  • 単月損益や試算表ではなく、正式な「月次決算書」として出力。

ステップ3: 公認会計士に依頼

  • 実務指針4450に基づくAUPの実施を依頼。
  • 証憑(請求書、契約書、総勘定元帳等)を準備。

ステップ4: AUP報告書の受領と労働局提出

  • 公認会計士から「合意された手続実施結果報告書」を受領。
  • 月次決算書(期首累計損益計算書を含む)とともに労働局に提出。



8. 結論と実務対応の提言

労働者派遣事業の月次決算書に対する合意された手続(AUP)において、損益計算書は「対象月の単月」ではなく「期首から対象月末までの累計」を対象とすることが、日本公認会計士協会 専門業務実務指針4450から明らかです

この要求は、以下の実務上の理由から必須です:

  1. 貸借対照表との一体性: 累計損益が利益剰余金に反映される会計構造
  2. 前期決算からの連続性: 累計損益でなければ連続性検証が不可能

許可更新申請を円滑に進めるため、以下の対応を推奨します:

  • 会計システムから正式に期首累計の損益計算書を出力
  • 公認会計士に実務指針4450準拠のAUPを依頼

本稿が、労働者派遣事業の許可申請・更新実務に携わる経営者、人事労務担当者、公認会計士の皆様にとって、正確な理解と円滑な手続実施の一助となれば幸いです。


参考文献・出典

日本公認会計士協会 専門業務実務指針4450「労働者派遣事業等の許可審査に係る中間又は月次決算書に対する合意された手続業務に関する実務指針」(2018年12月20日)

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jinzaihaken
jinzaihaken
労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。