【人材派遣会社の許可更新担当者必読】損益計算書は合意された手続の対象外なのか? 公認会計士が解説する月次決算書の正しい理解
労働者派遣事業許可の更新申請において、財産的基礎要件を本決算で満たせず、当事務所に合意された手続(AUP: Agreed Upon Procedures)を依頼しに来られた企業の担当者の方から、次のようなご質問をいただきました。
「財産的基礎の要件というのは貸借対照表の項目だけがルールに組み込まれているので、損益計算書は合意された手続の対象外なんですか?」
この質問は、人材派遣業界で許可更新を担当される方々の間でしばしば見られる誤解を示しています。本記事では、この疑問に対する正確な回答と、その理論的・法的根拠を詳しく解説します。
結論 損益計算書も合意された手続の対象です
結論から申し上げますと、損益計算書は参考資料ではなく、合意された手続の対象そのものです。
多くの方が「財産的基礎要件は貸借対照表の数値(基準資産額、現金・預金額、負債総額)だけで判定するから、損益計算書は見なくていい」と誤解されていますが、これは正確ではありません。
財産的基礎要件とは何か 貸借対照表項目での判定
まず、労働者派遣事業の許可要件である財産的基礎要件を確認しましょう。厚生労働省「労働者派遣事業関係業務取扱要領」によれば、以下の3つの要件を満たす必要があります。
財産的基礎の3要件
- 基準資産額要件
- 基準資産額 ≧ 2,000万円 × 事業所数
- 基準資産額 = 資産総額 − 負債総額 − 繰延資産 − のれん
- 負債比率要件
- 基準資産額 ≧ 負債総額 × 1/7
- 現金預金要件
- 自己名義の現金・預金額 ≧ 1,500万円 × 事業所数
これらの要件に使用される数値は、すべて貸借対照表から計算されます。そのため、「貸借対照表だけを見ればいい」「損益計算書は関係ない」という誤解が生まれやすいのです。
法令・実務指針が求める月次決算書の範囲
しかし、法令および公認会計士協会の実務指針は、合意された手続の対象を明確に定めています。
根拠1 厚生労働省「労働者派遣事業関係業務取扱要領」
厚生労働省職業安定局労働者派遣事業関係業務取扱要領83ページ9行目からの規定では、合意された手続業務は日本公認会計士協会専門業務実務指針4450「労働者派遣事業等の許可審査に係る中間又は月次決算書に対する合意された手続業務に関する実務指針」に基づくこととされています。
根拠2 日本公認会計士協会 専門業務実務指針4450
日本公認会計士協会専門業務実務指針4450「労働者派遣事業等の許可審査に係る中間又は月次決算書に対する合意された手続業務に関する実務指針」の第2項において、以下のように明記されています。
「本実務指針の取り扱う合意された手続業務は、労働者派遣事業等の許可の有効期間の更新の申請者が、中間又は月次の貸借対照表及び損益計算書(以下「中間又は月次決算書」という。)に対して責任を負うことを前提として実施する。」(強調は筆者)
この規定により、月次決算書は「貸借対照表および損益計算書」であることが明示されており、損益計算書は合意された手続の対象であることがルール上明示されています。
なぜ損益計算書も対象なのか 実務上の2つの理由
では、なぜ財産的基礎要件の判定に直接使用しない損益計算書も、合意された手続の対象となるのでしょうか。実務上の理由を2つ説明します。
理由1 貸借対照表と損益計算書の連動性
貸借対照表と損益計算書は、会計上、切り離せない関係にあります。
- 損益計算書の当期純利益(または当期純損失)は、貸借対照表の純資産の部に「繰越利益剰余金」として反映されます。
- 基準資産額の計算に使用する純資産は、過去の損益の累積結果が大きく影響を与えます。
具体例
ある派遣会社(事業所数1)が、本決算(3月末)時点で以下の財務状態でした。
- 基準資産額 1,800万円(要件: 2,000万円以上)
- 現金・預金 1,300万円(要件: 1,500万円以上)
この会社は、本決算では財産的基礎要件を満たせないため、4月・5月の経営努力により6月末の月次決算で以下の状態になりました。
- 基準資産額 2,100万円(要件クリア)
- 現金・預金 1,600万円(要件クリア)
この基準資産額の増加300万円は、4月〜6月の3か月間の当期純利益(300万円)によるものです。この当期純利益を確認するには、4月〜6月の損益計算書をやっぱり普通はチェックして整合性を確かめたくなります。
もし損益計算書を見ずに貸借対照表だけで判断すると、以下のリスクがあります。
- 実際には利益が出ていないのに、架空の利益を計上して基準資産額を水増ししている可能性
- 売上高を過大計上し、売上債権(貸借対照表の資産)を同時に過大計上している可能性
損益計算書を確認することで、貸借対照表の数値の信頼性が否定されないのです。
理由2 年度決算書からの連続性の確認
日本公認会計士協会 専門業務実務指針4450の第13項(2)では、以下のように規定されています。
「中間又は月次決算書の残高の信頼性について、最近の年度決算書(税務申告書に利用されたことが明らかであるもの)を出発点とし、その残高からの連続性を確かめるための手続を実施しなければならない。」(強調は筆者)
この「連続性」を確認するには、年度決算から中間・月次決算までの期間の損益を確認する必要があります。
具体例
- 本決算(3月末)の純資産 5,000万円
- 6月末月次決算の純資産 5,200万円
この200万円の増加が、4月〜6月の3か月間の正当な利益によるものかを確認するには、損益計算書で売上高、売上原価、販売費及び一般管理費、営業外損益等を確認する必要があります。
もし損益計算書を見ずに貸借対照表だけで判断すると、以下の問題を見逃す可能性があります。
- 本決算後に不適切な会計処理(例: 資産の過大計上、負債の過小計上)により純資産を増やした
- 実際の経営活動による利益ではなく、帳簿操作により見かけ上の純資産を増やした
合意された手続における損益計算書の具体的な確認内容
では、公認会計士は損益計算書に対してどのような手続を実施するのでしょうか。日本公認会計士協会 専門業務実務指針4450に基づき、主な手続を紹介します。
手続1 年度決算から月次決算までの損益の連続性確認
- 本決算の繰越利益剰余金 + 月次期間の当期純利益 = 月次決算の繰越利益剰余金
- この関係が成立しているかを、帳簿記録(総勘定元帳)で確認
手続2 売上高の実在性確認
- 月次期間の売上高が、派遣先企業との請求書・契約書等の証憑と一致しているかを確認
- 架空売上ではないか、サンプリングにより証憑突合
これらの手続により、損益計算書の数値が帳簿記録に基づいて適切に作成されていることを確認します。
実際のケーススタディ 損益計算書の確認で問題が発見された事例
当事務所で実際に経験した事例(守秘義務の観点から一部修正)を紹介します。
事例1 架空売上の発見
ある派遣会社(従業員50名、年間売上12億円)が、許可更新のために6月末月次決算で財産的基礎要件を満たす必要がありました。
- 本決算(3月末)の基準資産額 1,700万円
- 6月末月次決算の基準資産額 2,100万円(増加額400万円)
貸借対照表上は要件を満たしていましたが、売上高に関する証憑突合を実施したところ、請求書の控えが見当たりませんでした。
詳細を確認すると、6月末に新規の派遣先企業A社への売上高200万円が総勘定元帳には計上されていましたが、請求書・契約書等の証憑がありませんでした。経営者に確認したところ、「A社への派遣は実際には存在しないものです」とのことでした。
これは不適切な会計処理を取り消すと、基準資産額は1,900万円となり、要件(2,000万円以上)を満たせなくなります。
もし損益計算書を確認せず、貸借対照表だけで判断していたら、この問題を見逃していた可能性があります。
よくある誤解とその訂正
誤解1 「財産的基礎要件は貸借対照表だけで判定するから、損益計算書は不要」
訂正 財産的基礎要件の判定に使用する数値は貸借対照表から計算しますが、その数値の信頼性を確認するために損益計算書も必要です。実務指針は、月次決算書を「貸借対照表および損益計算書」と明確に定義しています。
誤解2 「合意された手続は貸借対照表の主要科目だけを確認すればいい」
訂正 合意された手続では、貸借対照表の主要科目(現金・預金、売掛金、固定資産、借入金等)に加えて、損益計算書の主要科目(売上高等)も確認します。これは、貸借対照表と損益計算書の連動性を確認するために必要です。
誤解3 「損益計算書は参考資料として提出すればいい」
訂正 損益計算書は「参考資料」ではなく、合意された手続の「対象そのもの」です。公認会計士は、損益計算書に対して帳簿記録との突合、証憑確認等の具体的な手続を実施し、その結果を報告書に記載します。
許可更新担当者が準備すべき資料
合意された手続を依頼する際、許可更新担当者が準備すべき資料は以下のとおりです。
必須資料
- 本決算の財務諸表一式
- 貸借対照表
- 損益計算書
- 株主資本等変動計算書
- 個別注記表(会社法決算の場合)
- 本決算の税務申告書一式
- 法人税申告書
- 地方税申告書
- 中間・月次決算書一式
- 貸借対照表
- 損益計算書(←これが必須です)
- 総勘定元帳
- 本決算期末の残高
- 中間・月次決算期末の残高
- 期間中の仕訳によるもの
- 各種証憑
- 売上に関する証憑(請求書等)
- 現金・預金に関する証憑(銀行残高証明書、預金通帳の写し等)
留意点
- 損益計算書は、貸借対照表と同様に、中間・月次決算書の必須資料です。
- 損益計算書がないと、公認会計士は合意された手続を実施できません。
- 損益計算書の科目(売上高等)について、証憑との突合を実施します。
おわりに 正しい理解で円滑な許可更新を
労働者派遣事業の許可更新において、財産的基礎要件を本決算で満たせない場合、公認会計士による合意された手続を実施した中間・月次決算書の提出が必要です。
この月次決算書は、法令および実務指針により「貸借対照表および損益計算書」と明確に定義されており、損益計算書は参考資料ではなく手続の対象そのものです。
損益計算書を確認することで、貸借対照表の数値の信頼性、年度決算からの連続性を総合的に判断できます。これは、労働者派遣事業を継続的に適正に運営できる財務的能力を確認するために不可欠です。
許可更新を担当される方は、「財産的基礎要件は貸借対照表だけで判定する」という誤解を解き、損益計算書も含めた適切な月次決算書を準備することで、円滑な許可更新を実現していただきたいと思います。
出典
- 厚生労働省「労働者派遣事業関係業務取扱要領」
- 日本公認会計士協会 専門業務実務指針4450「労働者派遣事業等の許可審査に係る中間又は月次決算書に対する合意された手続業務に関する実務指針」
当事務所のサービス
当事務所は、労働者派遣事業・職業紹介事業の許可申請・更新に必要な合意された手続(AUP)および監査証明を提供しています。財産的基礎要件を満たせない場合の初回相談は無料ですので、お気軽にお問い合わせください。
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投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。
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