リーダーは「才能ガチャ」なのか、それとも後天的に育つのか

いい上司がなぜ希少種なのかを、だいたい科学で説明してみる

会議が終わったあと、Slackだけ妙に静かになる瞬間ってあるじゃないですか。
「いや、方針は出た。出たんだけど、なんか誰も元気になってないぞ」という、あの独特の無風状態です。拍手もない、異論もない、でも前向きな熱もない。組織における“しんどさ”というのは、案外こういう微気候として現れます。

SNSでも職場でも、「いいリーダーがいない」「管理職がつらい」「若手が育たない」みたいな話は、もはや季語です。春は花粉、夏は猛暑、秋は人事、冬は評価制度。そして一年中、上司論。いやもう、日本のビジネスパーソンはリーダーシップの話が好きすぎる。半分は愚痴、半分は祈りかもしれません。

では、なぜこの問題が起きるのか。
リーダーというものを、私たちはしばしば「声が大きい人」「前に出る人」「なんとなく頼もしそうな人」くらいの雑な輪郭で理解してしまうからです。しかし研究が示しているのは、そんな体育会系の雑把な神話ではありません。むしろ、組織の成果を左右するのは、人を動かす技術としてのリーダーシップであり、それはかなりの程度まで開発可能だ、という話です。


まず、「強く言う上司」が強いとは限らない

職場には昔から、「ちゃんと締める人が必要だよね」派がいます。
目標を明確にして、達成したら褒める、ダメなら叱る。ご褒美とペナルティで組織を回す。まあ、分かりやすい。分かりやすいんですが、分かりやすいものはしばしば賞味期限も短いんですよね。

こういうやり方は、研究上は取引型リーダーシップと呼ばれます。
ここでいう取引型とはつまり、メンバーとの関係が「何をやれば何が返ってくるか」という交換条件ベースで成立している状態のことです。定型業務や短期成果には効きます。効くんですが、それ以上は伸びにくい。言われたことはやる。でも、言われてないことはやらない。創意工夫はコストであって報酬ではない、という空気になりやすいのです。

要するに、「怒られないように働く組織」は作れても、「面白いから挑戦する組織」は作りにくい。
職場が工場のように整然と回る代わりに、脳みそまで定時退社してしまうわけです。これはなかなか味わい深い。管理はできるが、成長は生みにくい。秩序はあるが、跳躍はない。そういうことです。


本当に業績を押し上げるのは、「鼓舞」と「支援」のほうらしい

これに対して、研究で比較的強く支持されているのが、変革型リーダーシップサーバント・リーダーシップです。
名前だけ聞くと、ちょっと自己啓発セミナーの受付で配られるパンフレット感がありますが、中身は案外まっとうです。

変革型リーダーシップは、メンバーの内発的動機に火をつけるタイプのリーダーシップです。
ここでいう内発的動機とはつまり、報酬や罰ではなく、「やる意味がある」「自分もその未来に関わりたい」と本人の内側から立ち上がる意欲のことです。研究上、このスタイルは組織業績、満足度、創造性の面で、取引型より高い効果を示す傾向があります。

しかもポイントは、「夢を語るだけのおじさん」で終わらないことです。
変革型リーダーシップは、一般に四つの要素――模範を示す、ビジョンを語る、考えさせる、一人ひとりを支援する――から成ると整理されます。これ、要するに「熱い話をする」だけではダメで、信頼・意味づけ・知的刺激・個別支援がセットで必要なんですよね。

ここでいう知的刺激とはつまり、「前例どおりでいこうか」ではなく、「その前例、もしかして惰性では?」と問い直させる働きかけのことです。
また、個別的配慮とは、全員を同じように扱うことではなく、各人の状態に応じて育成の仕方を変えることです。平等ではなく、適合。雑に言えば、「みんな違って、みんな面倒を見る」です。

さらに近年は、サーバント・リーダーシップもかなり評価されています。
リーダーが前に立って引っ張るというより、まず支える。部下の成長と幸福を優先し、その結果として組織成果がついてくる、という考え方です。耳触りだけなら優しそうですが、実際にはかなり筋力を要する姿勢です。人を使うより、人が力を出せる環境を整えるほうが、たいてい難しいので。

私の知人にも、「俺が全部決める」タイプから、「お前が進めやすいように段取りするわ」タイプに変わって、チームの空気が激変した人がいます。本人は「丸くなっただけ」と言っていましたが、たぶん違う。あれは加齢ではなく、統治から支援への転換です。もっとも、本人は飲み会でそれを認めないので、ここで勝手に概念化しておきます。


では、リーダーは生まれつきなのか

その問い、半分だけYESで、半分は普通に努力の話です

「でも結局、リーダーって向いてる人と向いてない人がいるんでしょ?」
そう言いたくなる気持ちはよく分かります。実際、性格特性とリーダーシップには、ある程度の関連があります。大規模研究では、外向性が比較的強く関係し、加えて誠実性開放性などもプラスに働く傾向が示されています。

ここでいう外向性とはつまり、社交性や活動性、自己主張のしやすさのことです。
たしかに、人前で話せる、関係をつくりやすい、空気を動かせる、というのはリーダーには有利です。そりゃそうだろう、という結果でもあります。学術研究がたまに常識を丁寧に再確認して終わるのは、ある種の安心感がありますね。

ただし、ここで話を雑にしてはいけません。
外向性が高いから即・名将、低いから即・不適格、ではまったくない。むしろ重要なのは、どの特性で自分のリーダーシップを支えるかです。誠実性が高い人は、約束を守る、計画的に進める、ブレない、というかたちで信頼を積みます。開放性が高い人は、変化を怖がらず、他者の発想を受け止めやすい。

ここでいう誠実性とはつまり、感じの良さではなく、責任の持続力です。
勢いで熱いことを言う人は案外多い。でも、毎週ちゃんと1on1をやる人、言った支援を忘れない人、面倒な案件を放置しない人は希少です。リーダーシップにおいて「ちゃんとしている」は、地味ですが異様に強い。派手なカリスマより、締切を守る上司のほうが、たいてい現場を救います。

つまり、性格は素地ではある。だが運命ではない。
もう少し硬い言い方をすれば、これは特性決定論の否定です。特性は傾向を与えるが、成果を一意には決めない。人は性格に縛られつつも、役割に応じて技術を学べる。そういう話です。


リーダーシップ開発は「根性論」ではなく、かなり技術論である

日本の職場では、ときどき「管理職は修羅場で育つ」みたいなことを言う人がいます。
間違いではありません。間違いではないんですが、だいたいそう言う人ほど、自分が受けた雑な育成を後進にも再配布しがちです。伝統芸能みたいに苦労を継承しなくてもいいだろ、とは思いますが、そこはグッとこらえるのが社会人というものです。

研究が示しているのは、リーダーシップは体系的に開発できるということです。
特に重要なのが、360度フィードバック、コーチング、アクションラーニング、そして内省の習慣です。

360度フィードバックは、「自分のつもり」と「他人の現実」の時差を埋める

360度フィードバックとは、上司、同僚、部下など複数の視点から、自分の行動を見てもらう方法です。
ここでの核心は、単なる採点ではありません。自己認識の補正です。人はだいたい、自分を思ったより優しく、思ったより伝わっている存在だと信じたがる。悲しいかな、組織はその幻想にわりと容赦がありません。

ここでいう自己認識とはつまり、「私はこう振る舞っているつもりだ」と「周囲にはこう見えている」のズレを把握することです。
このズレが大きいと、本人は善意、周囲は圧迫、みたいな事故が起きる。職場における不幸のかなりの部分は、悪意ではなく認知の時差でできています。

ただし、360度フィードバックは受ければ自動で成長する魔法の紙ではありません。
結果を見て「いや、そんなつもりじゃ」と防御反応を起こせば終わりです。だからこそ、後述のコーチングや1on1のような伴走が必要になる。フィードバックは鏡であって、手術ではない。映すだけでは、人は変わりきれないのです。

コーチングは、アドバイスではなく「認知の再編集」である

エグゼクティブコーチングというと、なんだか意識の高い人が高いホテルのラウンジで受けるもの、みたいな印象を持つ向きもあるかもしれません。まあ、そういう演出がゼロとは言いません。でも本質はそこじゃない。

コーチングの要点は、対話を通じて自分の課題を言語化し、次の行動に落とし込むことにあります。
双方向で、継続的で、個別最適であること。この三点が重要です。

ここでいう個別最適とはつまり、「一般論として正しい育成」ではなく、この人には何が詰まりやすいのかを特定して、その人に合う打ち手を設計することです。
部下に話を振れない人と、話を振りすぎて会議を散らかす人では、同じ“コミュニケーション課題”でも処方箋が違う。当たり前なんですが、当たり前のことを丁寧にやるのが、だいたい一番効きます。

アクションラーニングは、「研修で分かった気になる病」への処方箋

研修でいい話を聞いて、その日は感動して、翌週には全部忘れている。
これはビジネス界に広く見られる難治性疾患です。拍手はした、メモも取った、でも現場に戻るとメール100件で記憶が蒸発する。あるあるです。

この病に比較的効くのが、アクションラーニングです。
実際の組織課題にチームで取り組みながら、質問し、振り返り、修正する。つまり、学習を現場と切り離さない。

ここでいうアクションラーニングとはつまり、知識のインプットではなく、問題解決の実地過程そのものを学習装置にすることです。
実務で使うから定着する。失敗が起こるから内省が生まれる。座学だけでは届かないところに、経験と反省の往復運動が入るわけです。


経験は大事だが、経験だけでは人は雑に固まる

成長を決めるのは「内省」である

この話のなかで、いちばん地味で、でもいちばん重要なのはたぶんここです。
リーダーシップは、経験を積めば自動で伸びるわけではありません。経験には、成長の材料にも、単なる癖の固定化にもなるという両義性があります。

そこで重要になるのが、経験学習サイクルです。
実際にやってみる。振り返る。そこから学びを概念化する。次に試す。この循環があるとき、経験は単なる消耗ではなく、能力に変わります。

ここでいう内省とはつまり、「うまくいった/いかなかった」で終わらせず、なぜそうなったのか、自分は何を再現すべきか、何を捨てるべきかを言葉にすることです。
忙しい人ほど、ここを飛ばします。気合いで回し、根性で耐え、反省は来期に先送り。するとどうなるか。経験は増えるのに、成熟は増えない。年次だけが上がる。組織でたまに見かける、あの切ない現象です。

私も昔、会議が長いほど真剣にやっている気がしていた時期がありまして、いま思えば完全に儀式でしたね。議論の密度ではなく、拘束時間で仕事した気になる。あれは努力ではなく、可処分知性の浪費だったのだと、あとから理解しました。人は後悔を理論化すると少しだけ救われるので、皆さんにもおすすめです。


結局、問われているのは何か

「支配して回す」のか、「支えて伸ばす」のか

ここまでの話を、最後に一つの対立軸へ彫り込んでおきます。
リーダーシップの本質的な分岐は、たぶんこうです。

人を従わせて短く回すのか。
人を育てて長く伸ばすのか。

もちろん、現実はそんな単純ではありません。定型業務では取引型が必要な場面もあるし、危機時には強い統制が要ることもある。ですから、取引型を完全悪として断ずるのはフェアではない。組織には場面があり、局面があり、例外がある。

ただ、それでもなお、長期的な成果という観点から見ると、研究が繰り返し示している方向はかなり明確です。
人は、命令だけでは伸びない。評価だけでは燃えない。支援され、意味づけられ、問いを与えられ、自分の成長が見えるときに、ようやく本気を出す。これは情緒論ではなく、かなり実証的な話です。

そしてもう一歩だけ、未来から現在を照らしてみます。
いまは「ちゃんと管理できている」「現場が静かで助かる」と思えても、5年後、10年後に残るのが、指示待ちの集団なのか、自律的に考えるチームなのかで、差は静かに開いていきます。今日のやりやすさは、明日の脆弱性かもしれない。ここでいう脆弱性とはつまり、平時には見えないが、変化が来た瞬間に一気に露呈する組織の弱さのことです。

だから、リーダー育成の問いは結局、才能論では終わりません。
「リーダーは生まれるのか、育つのか」という問いは、実際にはもっと実務的な問いに言い換えられます。
あなたの組織は、人を萎縮させる管理を再生産するのか、それとも、人が育つ支援を設計するのか。

これはスキルの話であると同時に、組織倫理の話でもあります。


結語

優れたリーダーとは、前に立つ人ではなく、他者の力が立ち上がる条件を整えられる人のことです。
才能の問題がゼロだとは言いません。けれど、それを言い訳にして育成を放棄するのは、さすがに組織として雑すぎる。

最後に一語で封じるなら、こうでしょう。

リーダーシップとは、支配ではなく増幅である。

偉そうに言いましたが、私自身もたまに会議でしゃべりすぎるので、あまり大きな顔はできません。人は理論を語るたび、自分の未熟さも同時に暴かれる。なんとも因果な商売です。

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jinzaihaken
jinzaihaken
労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。