ジェフリー・フェファー、ロバート・サットン著「なぜ、わかっていても実行できないのか」に学ぶ人材派遣業の実行力強化戦略

労働者派遣事業の許可取得において財産的基礎要件を満たすことは必須ですが、真の経営課題は「何を知っているか」ではなく「何を実行できるか」にあります。スタンフォード大学の組織行動論の世界的権威、ジェフリー・フェファー教授とロバート・サットン教授が4年間の徹底調査の末に発表した「The Knowing-Doing Gap(知識と行動のギャップ)」は、人材派遣業の幹部が直面する最大の課題に明快な解決策を示します。

本書は2000年に原著が出版され、日本では日本経済新聞出版社から「なぜ、わかっていても実行できないのか 知識を行動に変えるマネジメント」として刊行されました。Google Scholarによれば、本書は3,455回以上引用されており、経営学の古典的名著として世界中で読み継がれています。

人材派遣業界に蔓延する「知識と行動のギャップ」の実態

人材派遣会社の幹部は、定着率向上、顧客満足度改善、マッチング精度向上の重要性を十分に認識しています。社内会議では「派遣スタッフへのフォローを強化すべき」「派遣先企業との関係構築が重要」「コーディネーターの育成が急務」といった正論が繰り返し語られます。

しかし、会議で決まったことが現場で実行されない。研修で学んだことが日常業務に活かされない。優良企業の成功事例を知っていても自社では試されない。これが「知識と行動のギャップ」の典型的な症状です。

ある中堅派遣会社の事例では、「派遣スタッフの就業初日に担当者が同行訪問する」という方針を幹部会議で全会一致で決定しました。しかし、3ヶ月後の実施率は38%に留まりました。営業担当者からは「時間がない」「急な求人対応で手が回らない」という声が上がり、結局、方針は形骸化しました。

フェファーとサットンは、この現象を「やるべきことを知っているだけでは不十分」と喝破します。知識があっても実行しなければ意味がなく、実行できない組織は競争に敗れると警告しています。

知識と行動のギャップを生み出す5つの原因

フェファーとサットンは、4年間にわたる調査から、知識と行動のギャップが生まれる5つの根本原因を特定しました。

原因1 話すことが行動の代用になっている(Talk Substitutes for Action)

人材派遣業界で最も多く見られるパターンです。会議で「派遣スタッフの定着率を向上させよう」と議論し、立派な方針を決定すると、それだけで何かを成し遂げた気になってしまいます。

ある派遣会社では、月次の幹部会議で毎回「マッチング精度の向上」が議題に上がります。会議では2時間かけて現状分析と対策を議論しますが、具体的なアクションプランは「各自で工夫する」という曖昧な結論で終わります。次の会議でも同じ議題が繰り返され、1年間で何も変わりませんでした。

フェファーとサットンは、「優れた意思決定は行動の代用にはならない」と断言します。会議で話すことと、実際に行動することは全く別の活動であり、話すことで満足してはいけないのです。

人材派遣業での処方箋として、会議の最後に必ず「誰が、いつまでに、何をするか」を明確にし、次回会議で実行結果を報告する仕組みを導入すべきです。ある派遣会社では、会議の議事録に「アクション項目」欄を設け、担当者と期限を明記し、未実行の場合は理由の説明を義務化したところ、実行率が85%に向上しました。

原因2 記憶が思考の代用になっている(Memory Substitutes for Thinking)

過去の成功体験や業界の常識が、現在の状況に適した思考を妨げるパターンです。

人材派遣業では「製造業なら時給1,300円が相場」「営業は新規開拓件数で評価する」「派遣スタッフへの連絡は月1回で十分」といった固定観念が蔓延しています。これらは過去のある時点では有効だったかもしれませんが、現在も正しいとは限りません。

ある地域密着型派遣会社では、20年以上「派遣先企業への訪問は月1回」という方針を続けていました。しかし、大手派遣会社が参入し、週1回訪問する営業スタイルで顧客を奪われました。幹部は「うちは長年の関係があるから大丈夫」と考えていましたが、実際には顧客は「密なコミュニケーション」を求めていたのです。

フェファーとサットンは、「過去の記憶に頼ることは、現在の状況を深く考えることの放棄である」と指摘します。

処方箋として、定期的に「なぜこの方法を採用しているのか」を問い直す習慣を組織に根付かせることが重要です。四半期ごとに主要な業務プロセスを見直し、「もし今日から始めるなら、同じ方法を選ぶか」を自問する仕組みを導入しましょう。

原因3 恐怖が行動を妨げている(Fear Prevents Acting on Knowledge)

失敗への恐怖、上司の叱責への恐怖、評価が下がる恐怖が、新しい取り組みを阻害します。

人材派遣業では、営業担当者が「新しい提案をして断られたら評価が下がる」「従来の方法を変えて失敗したら責任を問われる」と感じている場合が多くあります。

ある派遣会社の営業担当者は、派遣先企業から「もっと頻繁に候補者の進捗を報告してほしい」という要望を受けていましたが、上司に相談しませんでした。理由は「余計な仕事を増やすなと叱られるかもしれない」という恐怖でした。結果として、その顧客は他社に切り替わりました。

フェファーとサットンは、「心理的安全性のない組織では、知識は行動に転換されない」と強調します。

処方箋として、失敗を許容する文化を意識的に構築することが必要です。具体的には、月次会議で「今月の良い失敗」を共有し、失敗から学んだことを称賛する時間を設けます。ある派遣会社では、「チャレンジ賞」を新設し、結果にかかわらず新しい取り組みをした社員を表彰したところ、現場からの改善提案が3倍に増加しました。

原因4 測定が実行を阻害している(Measurement Obstructs Good Judgment)

間違った指標で評価することで、本来やるべき行動が抑制されるパターンです。

人材派遣業でよく見られるのは、営業担当者を「成約件数」だけで評価する制度です。この評価制度のもとでは、営業担当者は「とにかく数を稼ぐ」ことに注力し、マッチングの質や派遣スタッフのフォローがおろそかになります。

ある派遣会社では、営業担当者の評価を「月間成約件数」のみで行っていました。結果として、営業担当者は「とりあえず成約させる」ことを優先し、ミスマッチが頻発しました。就業開始から1ヶ月以内の離職率が35%に達し、派遣先企業からのクレームも増加しました。

フェファーとサットンは、「測定されるものが実行される」という原則を指摘し、間違った指標は間違った行動を促すと警告します。

処方箋として、評価指標を多面的に設定することが重要です。人材派遣業における営業担当者の評価には、成約件数だけでなく、3ヶ月定着率、派遣先企業からの満足度評価、派遣スタッフからのフィードバックスコアを組み込むべきです。ある派遣会社では、この多面評価を導入後、営業担当者の行動が「質重視」に変わり、定着率が70%から84%に改善しました。

原因5 社内競争が協力を阻害している(Internal Competition Turns Friends into Enemies)

過度な社内競争が、本来協力すべき同僚を敵に変えてしまうパターンです。

人材派遣業では、営業担当者間での「売上競争」が激しく、情報共有が行われない事例が多く見られます。ある支店では、優秀な営業担当者がマッチングのノウハウを独占し、後輩に教えませんでした。理由は「自分の成績が相対的に下がるから」でした。

フェファーとサットンは、「社内競争は短期的な成果を上げるかもしれないが、長期的には組織の知識共有と学習を阻害する」と指摘します。

処方箋として、個人評価と並行してチーム評価を導入することが有効です。ある派遣会社では、営業担当者の評価の60%を個人成績、40%を支店全体の成績で行うようにしました。さらに、週次の「ノウハウ共有会」を義務化し、成功事例を共有した担当者にポイントを付与する制度を導入しました。結果として、支店全体の売上が前年比18%向上しました。

知識を行動に転換する実践的アプローチ

フェファーとサットンは、知識と行動のギャップを埋めるための具体的な方法を提示しています。

アプローチ1 哲学ではなく行動を重視する

「当社は顧客第一主義です」という理念を掲げるだけでは意味がありません。重要なのは、具体的にどのような行動を取るかです。

人材派遣業での実践例として、ある派遣会社では「顧客第一」という抽象的な理念を、以下の具体的行動に変換しました。

  • 派遣先企業からの問い合わせには2時間以内に回答する
  • 派遣スタッフの就業初日には必ず担当者が同行する
  • 派遣先企業への訪問は月2回以上実施する
  • 派遣スタッフへのフォロー電話は就業開始から1週間、1ヶ月、3ヶ月に必ず行う

これらの行動基準を全社員に徹底し、実行状況を毎週モニタリングした結果、顧客満足度が大幅に向上しました。

アプローチ2 やってみることで学ぶ

フェファーとサットンは、「実行することで学ぶ」ことの重要性を強調します。完璧な計画を作ってから実行するのではなく、小規模に試して、学び、改善するサイクルを回すことが重要です。

人材派遣業での実践例として、ある派遣会社では「派遣スタッフ向けオンラインスキルアップ講座」というアイデアが出ました。従来なら、完璧なカリキュラムを作成し、システムを構築してから開始するところですが、この会社は違いました。

まず、5名の派遣スタッフに対してZoomで1時間の簡単な講座を試験的に実施しました。参加者の反応を見て内容を改善し、次は20名に実施しました。3回の試行を経て、ようやく本格的なプログラムを開始しました。この「やってみて学ぶ」アプローチにより、実際のニーズに合った講座を効率的に開発できました。

アプローチ3 失敗から学ぶ文化を作る

フェファーとサットンは、失敗を恐れる文化では実行力が育たないと指摘します。失敗を許容し、失敗から学ぶ文化を意識的に構築することが重要です。

ある派遣会社では、月次会議で「今月のベスト失敗」を共有する時間を設けました。失敗した取り組みとその理由、そこから得た学びを発表し、全員で議論します。この取り組みにより、社員は失敗を恥ずかしいことではなく、学習の機会と捉えるようになりました。

具体例として、ある営業担当者が派遣先企業に「AIマッチングシステム」を提案しましたが、断られました。しかし、この失敗を共有したところ、「提案のタイミングが早すぎた」「顧客の課題理解が不十分だった」という学びが得られ、次の提案では成功しました。

アプローチ4 複雑さを排除し、シンプルな行動に集中する

フェファーとサットンは、複雑すぎる戦略や方針は実行されないと警告します。シンプルで明確な行動に集中することが重要です。

ある派遣会社では、「派遣スタッフの定着率向上」という課題に対し、当初は10項目の施策リストを作成しました。しかし、すべてを同時に実行することは現実的ではありませんでした。

そこで、最も効果が高いと考えられる3つの行動に絞り込みました。

  1. 就業開始から1週間以内に担当者が電話フォローする
  2. 派遣先企業の担当者に派遣スタッフの様子を月1回確認する
  3. 派遣スタッフ向けの相談窓口を設置し、24時間以内に返答する

この3つに集中して実行した結果、3ヶ月定着率が68%から81%に向上しました。

アプローチ5 知識ではなく実行を評価する

フェファーとサットンは、「何を知っているか」ではなく「何を実行したか」で評価することの重要性を説きます。

ある派遣会社では、営業担当者の評価基準を抜本的に見直しました。従来の「研修受講時間」「資格取得数」といった知識ベースの評価から、「新規顧客訪問件数」「派遣スタッフフォロー実施率」「改善提案実行数」といった行動ベースの評価に変更しました。

この評価制度変更により、営業担当者の行動が劇的に変わりました。知識を蓄積することよりも、実際に行動することに価値が置かれるようになり、組織全体の実行力が向上しました。

労働者派遣事業許可と実行力の関係

労働者派遣事業の許可申請において、公認会計士による監査証明が必要となる場合があります。この監査プロセスは、単なる財務要件の確認ではなく、組織の実行力を診断する絶好の機会です。

公認会計士との対話を通じて、以下の問いを組織内で議論することができます。

  • 経営会議で決定したことの実行率はどの程度か
  • 現場の営業担当者やコーディネーターが、本社の方針をどの程度実行しているか
  • 改善提案制度はあるか、それは実際に機能しているか
  • 失敗を許容する文化があるか

財務の健全性と実行力は密接に関連しています。知識はあっても実行できない組織は、長期的には財務的にも困難に直面します。逆に、実行力の高い組織は、継続的な改善により競争力を高め、財務的にも健全な成長を実現します。

人材派遣業における実行力強化の具体的ステップ

フェファーとサットンの理論を人材派遣業で実践するための具体的なステップを提示します。

ステップ1 現状診断(1ヶ月) まず、自社の「知識と行動のギャップ」の現状を把握します。過去6ヶ月の会議議事録を確認し、決定事項のうち実際に実行されたものの割合を計算します。多くの企業では、この実行率が50%を下回ることに驚きます。

ステップ2 阻害要因の特定(2週間) 5つの原因のうち、自社で最も深刻なものを特定します。営業担当者、コーディネーター、派遣スタッフへのヒアリングを通じて、実行を阻害している要因を明らかにします。

ステップ3 3つの重点行動の選定(1週間) 改善すべき項目をリストアップした後、最も効果が高く、実行可能な3つの行動に絞り込みます。すべてを同時に改善しようとすると失敗します。

ステップ4 パイロット実施(3ヶ月) 選定した3つの行動を、特定の支店や部門で試験的に実施します。完璧を目指さず、「やってみて学ぶ」姿勢で臨みます。

ステップ5 評価と調整(1ヶ月) パイロット実施の結果を評価し、必要な調整を加えます。成功要因と失敗要因を明確にし、次のステップに活かします。

ステップ6 全社展開(6ヶ月) パイロットで得た知見を活かし、全社に展開します。各支店の特性に応じてカスタマイズし、現場主導で実装を進めます。

ステップ7 継続的改善(継続) 実行力の強化は一度の改革では完結しません。四半期ごとに実行状況を評価し、新たな改善テーマを設定して継続的に取り組みます。

まとめ 知識ではなく実行で勝つ組織へ

ジェフリー・フェファーとロバート・サットンが明らかにした「知識と行動のギャップ」は、人材派遣業の幹部が直面する最大の課題そのものです。労働者派遣事業の許可取得は出発点に過ぎません。真の競争優位性は、何を知っているかではなく、何を実行できるかにかかっています。

話すことで満足せず、行動する。過去の記憶に頼らず、現在を深く考える。恐怖を取り除き、失敗から学ぶ。正しい指標で評価し、社内協力を促進する。これらの原則を実践することで、人材派遣業における持続的な競争優位性を確立できます。

当事務所は、労働者派遣事業の許可申請・更新に必要な監査証明の提供にとどまらず、組織の実行力診断と改善支援を通じて、皆様の事業の真の成長を支援いたします。


[出典]

厚生労働省「労働者派遣事業許可申請に関するよくあるご質問」

ジェフリー・フェファー、ロバート・I・サットン著、長谷川喜一郎監訳、菅田絢子訳「なぜ、わかっていても実行できないのか 知識を行動に変えるマネジメント」日本経済新聞出版社、2014年

Jeffrey Pfeffer, Robert I. Sutton "The Knowing-Doing Gap: How Smart Companies Turn Knowledge into Action" Harvard Business School Press, 2000年(Google Scholar引用数3,455回)

お問い合わせ

預金不足の解決策、純資産不足の解決策、合意された手続、監査のお問い合わせなどお気軽にお問い合わせください。

投稿者プロフィール

jinzaihaken
jinzaihaken
労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。