人材派遣業許可申請の「20平米の壁」:渋谷の社長のリアルな苦悩から学ぶ、東京の厳しい現実
「いつか自分の人材派遣会社を立ち上げたい!」
そんな夢を抱き、いよいよその一歩を踏み出そうとされている皆様に、まずお伝えしておきたいことがあります。それは、事業開始の最も初期段階で、そして多くの人が軽視しがちな「事務所の面積要件」という、実は非常に高いハードルが存在するということです。
特に、ここ東京においては、このハードルが「20平米の壁」となって、多くの事業者様の前に立ちはだかります。今回は、私が実際に立ち会った、ある社長さんの冷や汗ものの体験談を通して、その現実をお伝えしたいと思います。
なぜ「20平米」なのか? 静かなる刺客「事務所面積要件」
まず、なぜ人材派遣業の許可申請において「20平米」という数字が重要なのかをご説明しましょう。
労働者派遣事業の許可を得るためには、その業務を行うための主たる事務所(事業所)が、厚生労働省令で定める基準を満たす必要があります。その基準の一つとして、「主たる事務所の面積が概ね20平方メートル以上であること」という要件が定められています。
「概ね」という言葉が曲者ですが、実務上、明確に20平米以上であることが求められるケースがほとんどです。この要件が設けられている背景には、以下のような理由があります。
- 事業の安定性と信頼性の担保: 派遣労働者との面談や登録手続き、雇用契約締結、各種相談など、派遣事業はプライバシーに配慮したスペースが必要です。十分な広さがあることで、事業が安定的に運営され、派遣労働者にとっても安心できる環境が提供されると考えられています。
- 個人情報保護の徹底: 派遣労働者の個人情報や機密性の高い書類を適切に管理・保管するためには、一定の広さが必要とされます。
- 適切な執務環境の確保: 従業員が効率的に業務を遂行し、適切な執務環境を確保するためにも、物理的なスペースが求められます。
- 事業の実態の確認: 申請された事業が、単なるペーパーカンパニーではなく、実際に事業を行う拠点として機能しているかを労働局が判断する材料の一つとなります。
この要件は、支店ではなく、本社機能を持つ「主たる事務所」に対して課せられるものであり、遵守は絶対です。そして、労働局の担当官は、実際に現地調査(実地調査)に来て、事務所のレイアウトや、時には本当にメジャーを使って面積を計測することがあるのです。
渋谷・道玄坂の「17平米」が突きつけた現実:A社長の苦悩
さて、ここからが本題です。私が数年前にお手伝いさせていただいたA社長のケースをご紹介します。
A社長は、長年の経験と人脈を活かし、満を持して人材派遣事業の立ち上げを決意されました。都心での事業展開を見据え、立地の利便性やイメージを重視し、事務所として選んだのは、多くの企業が集まる渋谷の道玄坂を少し入ったところにある、事務所ばかりが入居しているビンテージマンションの一室でした。
「駅から近くて、来客にも便利だし、SOHO利用もOKって不動産屋さんも言ってたから、ここに決めたんだ!」
キラキラとした目で語るA社長に、私も期待に胸を膨らませていました。契約も無事に済み、いよいよ許可申請の準備に取りかかろうとした矢先のことです。
賃貸借契約書に記載された面積を確認したA社長は、愕然としました。 そこには「専有面積:17.00平米」と記されていたのです。
A社長から連絡を受けた私の目の前も真っ暗になりました。賃貸借契約書に記載された面積が17平米。これは、「概ね20平米以上」という要件を明確に下回っていました。
「え、でも、不動産屋さんは『事務所利用可能』って言ってたし、他のIT企業とかもいっぱい入ってるマンションだよ?」
A社長の困惑は当然です。しかし、一般的な賃貸物件の「事務所利用可」という表示は、必ずしも労働者派遣事業のような特定の許認可事業に対応しているとは限りません。特に、住宅用途がメインのマンションの一室を事務所利用する場合、その専有面積はコンパクトに設計されていることが多く、20平米を下回るケースが非常に多いのです。
この時点で、A社長がこの17平米の部屋を主たる事務所として申請しても、許可が下りないことは明白でした。せっかく希望に満ちてスタートを切ったばかりなのに、このままでは事業計画そのものが頓挫してしまう。A社長の顔は青ざめ、私も胸が締め付けられる思いでした。
苦肉の策「同フロアにもう1室追加」:ギリギリのクリア
しかし、A社長は諦めませんでした。そして、私と一緒に知恵を絞りました。 他の物件を探すには時間も費用もかかりすぎる。この契約を破棄するのも大きな損失になる。
そこで考えた苦肉の策が、A社長を救うことになります。
それは、同じフロアの5つ離れた空き部屋を、追加でもう1室賃借するというものでした。
幸いにも、そのマンションにはちょうど空き部屋があり、A社長は管理会社にすぐに連絡を取りました。もう一つの部屋の面積は、確か16平米弱だったと記憶しています。
17平米の部屋と、もう1つの16平米弱の部屋。 合計で約33平米。これでようやく「20平米以上」の要件をクリアできたのです。
A社長は、その場で追加の賃貸借契約を結びました。本当に冷や汗ものでした。
合計33平米でクリアしたものの、その代償は…
この苦肉の策によって、A社長は無事に労働者派遣事業の許可を得ることができました。労働局の実地調査でも、2つの部屋が同じフロアにあり、業務上一体として利用されていることを説明し、無事にクリアできました。
しかし、A社長が支払った代償は決して小さくありませんでした。
- 家賃の倍増: 当然ながら、家賃負担は当初の予定の約2倍になりました。都心の一等地である渋谷において、これは月々数十万円単位の出費増を意味します。
- 管理の手間: 2つの部屋を管理する手間、2つの賃貸借契約、2つの光熱費、2つのインターネット回線…と、事務作業も倍増しました。
- 動線の非効率性: 2つの部屋が隣接していたとはいえ、物理的に分かれているため、業務上の行き来が発生し、動線は決して効率的ではありませんでした。来客時も、どこに通せば良いのか、少し戸惑う場面もあったようです。
A社長は「あの時は本当に目の前が真っ暗になったよ。でも、これで許可が取れるなら、と必死だった」と、今でもその時のことを骨身に染みる経験として語ってくれます。
東京の「20平米の壁」がいかに高いか
A社長の事例は、決して特殊なケースではありません。東京において、この「20平米の壁」は、人材派遣業を志す多くの起業家にとって、最初の大きな試練となります。
なぜ東京では特にこのハードルが高いのか?
- 高騰する不動産価格・家賃: 都心部では、1平米あたりの家賃が非常に高額です。20平米を確保しようとすると、想像以上に高額な家賃が必要となり、事業計画を圧迫します。
- コンパクトな物件の多さ: 特に渋谷、新宿、池袋などの主要駅周辺では、小さな区画にオフィスや住居を詰め込む傾向にあります。そのため、10平米台のSOHOタイプやマンションの一室物件が非常に多いのです。
- 「事務所利用可」の罠: 不動産会社のいう「事務所利用可」は、あくまで「居住以外の用途での利用がオーナーに認められている」という意味合いが強く、労働者派遣事業のような特定の許認可事業の要件を満たすことを保証するものではありません。
「この物件なら大丈夫だろう」と安易に契約を結んでしまうと、A社長のように「借りたはいいが、許可が下りない」という最悪の事態に陥りかねません。
面積要件だけじゃない!事務所選びの落とし穴
さらに、事務所選びにおいては、面積以外にも注意すべき要件がいくつかあります。
- 独立性: 居室部分(居住スペース)と事業所部分が明確に区分され、独立していること。自宅兼事務所の場合、玄関が別であるか、完全に壁で仕切られているかなど、厳密な判断が求められます。
- 適切な用途: 建築基準法上の用途が「事務所」として認められているか。マンションの一室でも、原則として居住用で、事務所利用が認められていないケースもあります。
- プライバシーの確保: 面談等を行う際に、外部から見通せないよう、間仕切りやパーテーション等でプライバシーが確保できること。
- 備品・設備: 業務を行うために必要な事務機器(PC、電話、FAXなど)や什器(机、椅子、キャビネットなど)が適切に設置されていること。
- 看板等の設置: 事業所の名称を示す看板や標識が、外から確認できる場所に設置されていること。
これらの要件は、労働局の実地調査で全てチェックされます。単に「部屋を借りればいい」という問題ではないのです。
人材派遣業の事務所 は、まず独立した専用スペースであることが求められます。他の事業所や住居と明確に区別されており、共用スペースの一部を間借りするような形態は認められません。たとえ同じビル内であっても、別の部屋として、出入口や執務空間が分離されている必要があります。
そして、その事務所が適正な執務環境を提供しているかどうかが懐疑的な目で見られます。
- 広さ:事業規模や従業員数に対して十分な広さが確保されているか。窮屈な環境では適切な業務遂行が困難と判断されます。
- 採光・換気・空調:快適な執務が行えるよう、十分な明るさ、良好な空気の流れ、適切な温度が保たれているか。
- 清潔さと整理整頓:事務所内が清潔に保たれ、書類や備品が整理整頓されているか。
- セキュリティ:個人情報や機密情報を取り扱うため、施錠可能な書庫やキャビネットが備えられているか。パソコンなどの情報機器も適切に管理されているか。
- プライバシー保護:派遣スタッフとの面談時には、第三者に会話が聞かれたり、履歴書などの個人情報が見られたりしないよう、遮音性や仕切りが確保された面談スペースがあるかどうかも重要なポイントです。
さらに、外部から事務所であることが明確に識別できることも求められます。表札や看板が設置され、来客や郵便物の配達に支障がないよう配慮されているか、といった点も確認対象です。
これら全ての要件は、単に物理的な「箱」があるかどうかではなく、人材派遣事業が適正かつ安定的に運営され、派遣スタッフの保護が図られる実態があるかどうかを判断するためのものです。事務所は、事業の実態と責任の所在を明確に示す場であり、実地調査ではその点が厳しく問われることを肝に銘じておくべきでしょう。
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投稿者プロフィール

- 労働者派遣事業許可に必要な監査や合意された手続に精通し、数多くの企業をサポートしてきました。日々の業務では「クライアントファースト」を何よりも大切にし、丁寧で誠実な対応を心がけています。監査や手続を受けなくても財産的基礎の要件をクリアできる場合には、そちらを優先してご提案するなど、常にお客様の利益を第一に考える良心的な姿勢が信条です。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。
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